なぜ、今なのか? Jリーグのシーズン移行を深掘り

シーズン移行、残された課題とは? 野々村芳和チェアマンを直撃「降雪地域を切り捨てる? むしろその逆」「100億円で終わりではない」

飯尾篤史

大きな改革をしようとすれば、意見が分かれるのは当然のこと。野々村チェアマン自身はJリーグの理念に立ち返って考えたという 【写真:飯尾篤史】

 シーズン移行への理解を深め、残された課題を明らかにするためにスタートした今特集。最後を締めくくるのは野々村芳和Jリーグチェアマンのインタビューだ。シーズン移行によってJリーグは何を得たいのか、シーズン移行に込められたチェアマンの思いとは。これまでのインタビューシリーズにおいて明らかになった疑問もぶつけた。(取材日:1月10日)

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60クラブすべてが同意した「目指すべき目標」

――野々村チェアマンは2013年に北海道コンサドーレ札幌の社長に就任され、13年と17年のシーズン移行の議論を経験しました。最終的には17年12月に当時の村井満チェアマンが否決し、シーズン移行の議論は今後しばらく凍結するという結論を出したわけですが、当時はどんなスタンスだったんですか? 

 僕のスタンスとしては、反対というわけではなかったですね。コンサドーレの社長として札幌や北海道のサッカー環境を考えると、シーズンが変わることで夏のキャンプ地として北海道を選んでもらえるなら、北海道のサッカー環境を整備するきっかけになるし、より充実させられるチャンスだと思ったので。それに何より、冬場の環境も変えられるかもしれないぞと。

 選手時代も含めて札幌に長く住んでいて、北海道の子どもたちが冬の間外でサッカーができない状況をずっと見てきたわけですよ。この先もずっとそういう環境のままでいいのか、なんとか改善できないものかなと。もしシーズンが変わるなら、それをきっかけにポジティブに新しいチャレンジができるな、と考えていました。

 ただ、今振り返ると反省もあって。当時は札幌や北海道の未来については考えていたけれど、シーズンを変えることで日本全体がどうなっていくのか、Jリーグがどんな未来を目指していくのか、といったことまでは考えられていなかった。現場の感覚として、夏場にサッカーをするのが本当に難しくなってきているから、変えることができるのであれば変えたほうがいいよね、といった感覚だったと思います。

――22年2月にACL(AFCチャンピオンズリーグ)のシーズン移行が決まり、その1か月後に野々村さんはチェアマンに就任されました。さらに約1年後の23年2月からJリーグのシーズン移行が検討されていくわけですが、チェアマン就任当初から野々村さんにとっては大きなテーマだったわけですか?

 入り口としてはACLのシーズンが変わったというカレンダーの問題があったんだけど、夏場にサッカーをすることが難しくなっているという声や思いはフットボールの現場からずっと届いていたから、これって本当に改善することはできないものかなと。ただ、スタートの時点ではシーズン移行の実施が前提というわけではなくて、「もう1回みんなで考えてみませんか?」という投げかけですよね。僕もJリーグ事務局も、シーズン移行における決定的なメリットを最初から整理できていたわけではなかったので。

 実行委員だけじゃなくクラブの方々や専門家の方々、それこそ500人くらいと10か月にわたって議論するなかでだんだん見えてくるものがあった。それが何かと言うと、「Jリーグはどこを目指しているのか」ということ。選手たちはこの30年間、本気で世界を目指して戦ってきて、ヨーロッパでプレーする選手が格段に増え、ワールドカップで強豪国に勝てるようになってきたけれど、Jリーグは果たして本気で世界を目指してきたのか、いや、そうではなかったな、という現実が見えてきた。

 そこで、全60クラブの同意のもと「Jリーグも世界を目指そうよ」というふうに目標を定め、「じゃあ、そこを目指すにはどうしなきゃいけないのか」という議論になっていったんです。だから、シーズン移行の検討からスタートしたけれど、途中から、「僕たちはみんなでここを目指すんだ」という目標がしっかりとピン留めされて、「そのうえでの課題はなんだろうか」「そのひとつにはシーズン移行があるよね」と。

――そうした流れで議論・検討が進んでいったわけですね。

 世界を目指すにあたって、果たしてJリーグは選手たちが最もいいパフォーマンスを出せる環境を提供できているのかと。厳しい日本の夏にプレーするのも大変だけど、2月のシーズン開幕から夏に向けてパフォーマンスが低下していくような環境は、絶対に改善しなければならない。これはもう、どの選手に聞いてもパフォーマンスのカーブは谷型よりも山型のほうがいい、と言います。アスリートとしては、当然の感覚ですよね。

 もちろん、シーズン移行とは別の方法で改善できないものだろうか、ということも考えました。いろんな人と話をして、専門家の意見も聞いて、クラブの方々と議論もしたんだけれど、シーズン移行する以外に、山型のカーブを獲得する方法はないと。

 ただ、僕自身はフラットでいるべきだと思っていたので、6月くらいまではクラブに対して「どうしたほうがいいですかね?」っていう向き合い方をしていて。議論が進むなかでたくさんのメリットや課題も出てきたんだけれど、最終的には「Jリーグの理念とは?」「その理念により近づくためにはどうすればいいのか?」と、シーズン移行とは別の発想で考えるようになっていきました。

※Jリーグの理念
・日本サッカーの水準向上及びサッカーの普及促進
・豊かなスポーツ文化の振興及び国民の心身の健全な発達への寄与
・国際社会における交流及び親善への貢献

降雪地域のあとは夏の環境整備にも乗り出したい

【Jリーグ提供の報道資料から】

山型のカーブは高みに挑戦していくシーズンを過ごすことを意味し、谷型カーブはコンディションが落ちていくことに耐えるシーズンを過ごすことを意味する。アスリートにとってどちらが理想かは明白だろう 【Jリーグ提供の報道資料から】

――別の方法はないということでしたが、現行のシーズンのままサマーブレイクを導入する案は検討されたのでしょうか? また、ヨーロッパと日本では気候や気温、湿度が大きく異なりますが、シーズン移行すれば、ヨーロッパと同じようなパフォーマンスの山を必ず描けるものでしょうか?

 現行のシーズンのままサマーブレイクを導入しても、暑い時期のプレーが避けられるというだけで、パフォーマンスが山型になるわけではないんですよ。2月の寒い時期から始まって暑い時期に向かっていく状況は変わらないので。アスリートというのは、パフォーマンスが最も良くなるはずのシーズン中盤に高い山を描くことで、その先が見えてくるものなんだけど、サマーブレイクだけではこの問題は解決できない。

 カレンダーの話もすると、6月にワールドカップがあり、クラブワールドカップも入ってきます。ACLもシーズン移行したからJリーグも合わせたほうがいいのではないかとか、欧州のシーズンと合わせることで日本人選手が海外に移籍しやすくなるとか、移籍金をしっかり獲る移籍を増やすだとか、反対に向こうから選手や有能な監督を獲得することを考えると、現行のシーズンのままサマーブレイクを入れる案は効果が期待できないと。

 もうひとつの質問の「シーズン移行すれば、本当に山型のパフォーマンスになるのか」ということに関しては、僕もいろんな専門家に会いに行って話を聞いたんだけど、そうなる可能性が高いと。細かい数値に関しては、やってみないと分からないところがあるんですけど、パフォーマンスは間違いなくシーズン半ばに向けて上がっていくはずだと、そういうお墨付きはもらっています。

――12月14日に全60クラブの意思表明が行われ、最終的に「2026年から2027年にかけてのシーズンから秋春制への移行を実施することを決め、残された課題を継続検討する」が52クラブ、「現段階では移行を決めずに数か月の検討期間を目安として継続検討を行う」が7クラブ、「移行を実施せず継続検討も行わない」が1クラブという結果となりました。数か月の検討期間が欲しいという7クラブは、どんなことを懸念しているのでしょうか?

 基本的には解決できない問題はほぼないという状況ですね。「もう少し時間が欲しい」というクラブは、例えばステークホルダーに対してまだ十分な説明ができていないとか、賛成なんだけど、自分たちのフィジビリティスタディ(※プロジェクト実現の可能性を事前に調査・検討すること)がまだ不十分だとか、あとは、キャンプ費用増額分の支援に関して、より具体的な金額だとか。そういった細かい話や詰めのところの話であって、反対しているわけではないんです。

――ファン・サポーターの意見についても、目にされたり、耳にされてきたと思います。特に降雪地域のファン・サポーターの不安や反対意見について、どう感じましたか?

 シーズン移行は長年にわたって議論してきたことなので、ネガティブなイメージが固定観念になっている人が多いのも分かるんですけど、降雪地域を切り捨てるなんてことはまったくなくて、むしろその逆。僕はコンサドーレ時代に雪国で長く暮らした経験があるからこそ、雪でも選手や子どもたちがサッカーをできる環境を作らなければいけないと思うし、スタジアムで寒さを感じずに観戦できるようにしたいと思っている。この先もずっと冬にサッカーができないままでいいんですか、Jリーグとして一定の金額を支援するので、一緒に環境整備していきましょうよ、とクラブと話をしてきました。

――降雪地域にとっても、シーズン移行は環境を変えるチャンスだと捉えてほしいと。

 そう思ってもらいたいですよね。それで、このくらいの予算でこういうものができるんだというスキームやノウハウを手に入れたら、今度は夏の環境整備にも乗り出したい。今でも地域によって、夏は朝の8時くらいから始めないと練習できないクラブがあるので、夏でも屋根付きで空調設備のある施設が必要だと思う。このままだと日本は冬も夏もスポーツができない国になってしまうという危機感があります。

 それに、シーズンを移行しても現行のシーズンと開催期間はほとんど変わらず、12月末や1月に公式戦をやるわけではない。12月2週過ぎからウインターブレイクに入って2月3週頃に再開するわけで、今とほとんど変わらないんですよ。

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著者プロフィール

東京都生まれ。明治大学を卒業後、編集プロダクションを経て、日本スポーツ企画出版社に入社し、「週刊サッカーダイジェスト」編集部に配属。2012年からフリーランスに転身し、国内外のサッカーシーンを取材する。著書に『黄金の1年 一流Jリーガー19人が明かす分岐点』(ソル・メディア)、『残心 Jリーガー中村憲剛の挑戦と挫折の1700日』(講談社)、構成として岡崎慎司『未到 奇跡の一年』(KKベストセラーズ)などがある。

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