なぜ、今なのか? Jリーグのシーズン移行を深掘り

エージェント・田邊伸明氏に訊く〈シーズン移行によって『ゼロ円移籍』は増えるのか?〉「世界の移籍市場でもおそらく70〜80%は…」

竹内達也

クラブは「移籍金を払ってでも獲得したいという選手を育てるためにどうしたらいいか」というふうに考えないといけない、と田邊氏は指摘する 【飯尾篤史】

 シーズン移行のメリットとデメリットに「選手の海外移籍」がある。欧州のシーズンと合わせることで海外移籍しやすくなるのではないかという期待がある一方で、契約満了によるフリーの移籍、いわゆる「ゼロ円移籍」が増えるのではないかという懸念もあるのだ。そこで、数々の選手の海外移籍を実現させてきたエージェントの田邊伸明氏に、過去の事例とともにシーズン移行について聞いた。(取材日:11月27日)

そもそもJリーグがなぜ作られたのか

――エージェントの立場から、Jリーグのシーズン移行をどう捉えていますか?

 僕が会社を作ったのはまだJリーグが始まる前で、夏にキャンプが始まって9月にJSL(日本サッカーリーグ)カップがあって、秋にリーグ戦が開幕する時代でした。だから、元のサイクルに戻る形ですよね。1993年にJリーグが開幕するときにはプロ野球のシーズンを意識したり、冬が寒かったりということで、今の日程にしたんでしょうけど、僕としては欧州とシーズンが違うことで不便なことが多かったんです。だから、以前からシーズン移行の話が出るたびに「そのほうがいいよ」と思っていました。

 僕はこれまでサッカーの仕事をしながら、「自分の仕事は日本サッカーを強くするために役立っているのか」と考え続けてきて、今も判断基準は「日本サッカーのためになっているか」ということです。シーズン移行についても、雪国の人たちからしたら「大雪の際は家に帰るだけでも命懸けなのに、サッカー見に行っている場合じゃないよ」という話でしょうから、いろいろ考えなきゃいけないとは思うものの、そもそもJリーグがなぜ作られたのかというと、「日本代表を強くするためにはプロリーグがあったほうがいいよね」というところから始まっていますよね。

 だから、満場一致はあり得ないですけど、批判を恐れず言えば、Jリーグを作るときだってきっと川淵(三郎)さん(元Jリーグチェアマン、元日本サッカー協会会長)もいろいろな障害を乗り越えて推し進めていったんだから、こういうときも「Jリーグを作った目的」に沿って進んでいくしかないんじゃないかと思っています。

――欧州とのシーズンのズレによる不便は、どのようなところに感じていたんでしょう?

 僕の仕事で言えば、最初の大きなトピックは稲本潤一のアーセナル移籍ですね。普通に考えると、ヨーロッパに行くなら向こうのシーズン前、7月1日からの契約で夏に移籍したほうがいい。稲本と契約したのは2000年2月で、当時は海外セールスが初めてだったので、どうやって進めようかと考えて、まずはガンバ大阪に正直に言うことにしました。「稲本と契約しました。海外に行きたいと考えています」と。

 当時はヨーロッパがどうやっているのか知らなかったけど、日本でいきなり「海外に行きます」と言ってすぐに出るのはひんしゅくを買うだろうし、当時は夏にシドニー五輪が控えていたのですぐに行くのは難しかった。でも、01年夏にはコンフェデレーションズカップがあって、02年には日韓ワールドカップもあったから、「1年後の2001年夏に移籍する予定です。そのためにこういうスケジュールで考えています」と伝えました。

 ただ、前もって伝えたところでオファーが来ない場合もあるし、突然オファーが来ることもある。そういう中で何度も調整が必要になるのは、シーズンが違うことによる弊害ですよね。契約期間を変えればいいかというと、「半年間だけの契約をするときはシーズンの終わりに合わせなきゃいけない」というFIFA(国際サッカー連盟)のルールがあるので、日本では2月から6月という契約はできない。これはヨーロッパを向いているルールですが、選手保護の観点からも日本と合わないですよね。

冬に移籍するなら12月中には決めてくれ

田邊氏が最初に手がけた海外移籍が稲本(左)のアーセナル移籍だった。一方、相馬の海外移籍は、統一契約書とは別に付帯覚書を作るきっかけとなった 【写真:Action Images/アフロ、アフロ】

――春秋制のJリーグでプレーしていると、国際ルールと合わない面があると。

 別のケースだと、浦和レッズにいた相馬崇人ですね。当時は海外に行きたい場合、向こうの練習に参加して見てもらうというやり方があったんですよ。だから、「シーズンが終わって1月に海外に練習参加しに行きたい」とクラブに伝えました。ところが、クラブは「契約期間は1月31日までだからダメだ」と。

 でも、国内移籍する場合は、1月31日までの契約なのに1月の始動日から移籍先のチームに所属して、キャンプにも参加しますよね。それが、海外の場合はダメだという。おかしな話ですよね。我々は今、選手の統一契約書とは別に付帯覚書を作っていて、そこに「海外の練習参加には行かせてほしい」とか、どう保険をかけるかという条項を入れていて、他の会社も真似するようになったんですが、それはこの話がきっかけでした。

 髙萩洋次郎のケースでは、子どもの将来を考えて英語の環境で育てたいから英語圏のリーグに行きたいという希望でした。それをサンフレッチェ広島に伝えたら「真夏に抜かれるのは困るから、行くなら1月にしてくれ。もし途中で出て行くんだったら、シーズン頭の戦力としてはカウントできない」と。これも選手にとってはすごく難しい選択ですよね。

 あと、今はヨーロッパでプレーしていた選手が日本に戻ってくることも多いですけど、向こうで5月終わりくらいまで戦って帰国しても、Jリーグの夏のウィンドー(第2登録期間)は7月下旬から8月上旬だから2か月くらいプレーできないわけですよ。それでしばらく休んでからチームに合流すると、シーズンは終盤に向かっていて、チームにフィットし切れないことが少なくない。これもシーズンがズレている弊害ですね。

――今夏も欧州で活躍した日本代表経験者がJリーグに戻ってきましたが、そのウィンドーの違いは深刻な問題です。

 ヨーロッパに行きたい選手にとっても同じなんですよ。日本のシーズンを終えてから行く場合、ヨーロッパは冬のウィンドーが2月の頭くらいまで開いています。夏も同じですけど、最終日に駆け込みで決まることがよくありますよね。だから、選手をサポートする我々としては、少なくとも1月31日まではオファーを待ちたい。でも、今のシーズン制だと日本のクラブは1月半ばにはキャンプがスタートするし、予算の関係もあるから「移籍するなら12月中には決めてくれ」と言われてしまう。「1月まで待つというなら、戦力として見なさないよ」と。

 でも、日本人選手の欧州移籍を12月中に決めるのは相当難しい。例えば、水沼宏太が横浜F・マリノスから栃木SCにレンタルしていたとき、シーズンオフにルーマニアのチームのキャンプに参加したんです。キャンプは2月2日までで、合否は最終日にならないと決められないと。でも、ダメだった場合、日本でのチームがなくなってしまうから、「申し訳ないけど、2月2日まで待ってください」という条件で日本のチームを探したら、ヴァンフォーレ甲府とサガン鳥栖だけが手を上げてくれた。

「ヨーロッパに行けるなら行きます。でもダメだった場合、待ってくれたチームに決めます」ということで、最終的に鳥栖に加入したわけですが、これもシーズンのズレの弊害です。「変だな」と思いながらやったけど、当時はそうするしかなかった。選手を宙ぶらりんにするわけにはいかないですからね。

――海外挑戦にあたって、所属チームがなくなるかもしれないというリスクは大きすぎますね。シーズン移行によって、移籍金の金額にも変化がありそうですか?

 日本からヨーロッパに行く際には、明らかに夏の市場のほうがバジェット(予算)は大きいです。日本だってシーズン途中は少ないですよね。高い移籍金を払ってほしいのであれば、ヨーロッパのシーズン前の夏に移籍したほうがいいと思います。また、ヨーロッパのクラブが1月に補強するとなると、大半のクラブはポジションが限定されます。Jリーグでも、シーズン途中はピンポイントで補強するじゃないですか。

 この話の根本として、ヨーロッパのクラブが何の収益を柱にしているかというと、やっぱり移籍金なんですよ。一方、日本は入場料収入、マーチャンダイジング収入、スポンサー収入、Jリーグからの配分金という4本の柱がある。だから、シーズン移行はちょっと……という人が出てきてしまう。

 日本は親会社から来た人がクラブの社長をやることが多いですけど、スポーツチームの経営は普通の会社の経営とは明らかに違う。そういう人たちにとってみると、移籍金で収入を得ることは「うちのチームで一生懸命頑張っている選手を売るなんて」という発想になってしまう。日本の商習慣と合わず、人を売って金を稼ぐのは何事だという考えがあるんだけど、そこを収益にしないとこれ以上日本サッカーの規模は大きくならないですよ。

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著者プロフィール

1989年生まれ。大分県豊後高田市出身。大学院卒業後、地方紙記者を経て、2017年夏から「ゲキサカ」でサッカー取材をスタートさせた。日々のJリーグ、育成年代取材のほか、18年9月の森保ジャパン発足後から日本代表を担当し、19年のUAEアジアカップ、22年のカタールW杯で現地取材。21年からシャレン!アウォーズ選考委員。VARなど競技規則関連の発信も続けている。

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