強固だった現場とスカウトの信頼関係 今中と大豊をW獲りした星野仙一の剛腕
他球団も羨んだ今中・大豊のW獲得
新宅さんからの報告を受けた星野さんは、ナゴヤ球場で私に会うなりそう言うと、こう続けた。
「大豊は2位に回すから、今中をなんとかせぇ」
「よし!」。私は心の中で小躍りした。だが、星野さんから言われた「なんとかせぇ」という言葉が重くのしかかった。球団職員だからといって大豊が他球団に指名されない保証はない。2位で残っていれば「中日に好き勝手にさせてたまるか」と指名してくる球団もあるかもしれない。そんな危険を犯してまで、自分が推した今中を1位で指名してもらえるのだ。できることは限られるが、自分にやれることをやるしかない。そう気を引き締めた。
私は他球団に先駆けて今中の実家に出向いた。その後も何度も足を運び、何度も話をした。
「ウチの監督が君を見てどうしても欲しいと言っているんや。どうや?」
初めはそんなことを話していたが、何度も通ううちに熱意が伝わったのか、「僕は中日以外にはいきません」と今中に言ってもらえるようになった。
『今中の意中の球団は中日』
そんな報道も出るようになった。いわば相思相愛の関係に持ち込むことができた。だが、今中ほどの逸材を他球団も黙って見過ごすわけがない。実際に数球団が1位で指名する動きもあった。それでも今中は「中日以外には行きません」と言い続けてくれていた。だがドラフトの前日、私は今中にこんな話をした。
「万が一やぞ、競合になって(交渉権が)中日以外の球団になったとしても、絶対にプロに行けよ」
私は今中の才能に惚れ込んでいた。だからこそ、これだけの選手がプロ入り拒否をして遠回りさせてしまうのはもったいないと思った。だから抽選で中日が外してしまっても、どこの球団になろうが今中にはプロの世界に飛び込んで欲しかったのだ。
それでも今中は「中田さん、僕は絶対に中日以外には行きませんから」と言ってくれた。
そんな今中の強い意思を察したのか、最終的には獲得を狙っていた他球団はどこも降り、中日が無事に今中を単独1位で指名することができた。
さて、当初1位指名の予定だった大豊だが、普通であればへそを曲げてもおかしくはない。だが、会社上層部の人が直々に「どうしても欲しいピッチャーがいるから協力して欲しい」と話をしにいくと、「中日に入れればそれでいいんです」と快く2位指名を了承してくれた。「僕は1位じゃないと行きません!」などと言われていたら話はややこしいことになっていた。大豊の人柄にも救われた今中の1位指名であった。