タイムフライヤーの比翼塚ダービー 「競馬巴投げ!第169回」1万円馬券勝負
目黒から移転後、今年は府中ダービー85年目
[写真1]ダノンプレミアム 【写真:乗峯栄一】
つまり1934年(昭和9年)から数えて、今年は府中ダービー85年目に当たる。で、今年がなぜ第85回ダービーなのかというと、昭和20年と昭和21年戦争の混乱で中止になっているからである。
この目黒競馬場から府中競馬場への移転を最も悲しんでいるのは、タイムフライヤー(時間超越者)的に言うと、白井権八(ごんぱち)と遊女・小紫(こむらさき)である。
ぼくは歌舞伎の名ゼリフ本というのが好きで、結構読むが、一番のお気に入りは、
「お若えの、お待ちなせえやし」
「待てとおとどめなされしは拙者がことでござるかな」から始まり、
「雉子も啼かずば討たれまいに、益なき殺生いたしました」まで続く、幡随院(ばんずいん)長兵衛と白井権八(ごんはち)のやりとりである。
長兵衛も権八も江戸中期に実在した人物だが、男色を伴う二人の交流はほとんど歌舞伎狂言の創作らしい。しかしこの二人には大いに興味がわく。歌舞伎台本「幡随長兵衛精進俎板(ばんずいちょうべえ・しょうじんまないた)」はじめ、ちょこちょこと本を読んでみた。
権八と小紫の悲劇の比翼塚
[写真2]タイムフライヤー 【写真:乗峯栄一】
しかしこの度量の広い寺にも入れてもらえず、門前で涙を飲んだのが白井権八とその愛人、遊女小紫である。
白井権八は鳥取藩から人を殺した罪で逃げ、江戸に紛れ込むが、食うや食わずの中で辻斬りに明け暮れるようになる。斬り殺した武士・町人百数十人と言われ、結核を患っていた権八は本所、永代橋あたりで人を切るたび、返り血と自らの喀血で紅の羽二重をまとっていたと言われる。
この権八に道ならぬ思いを寄せた者が二人いた。小紫と長兵衛である。町奴(まちやっこ)として既に町人たちのスターだった長兵衛は、品川鈴ヶ森の宿(しゅく)で江戸入り直前の権八が雲助に絡まれ、やむなく切り捨てるのを偶然目撃、通り過ぎようとする権八に駕籠の中から「お若けえの、お待ちなせえやし」と声を掛ける。さらに長兵衛は権八の美しい容姿にも一目惚れ、衆道(しゅどう、ホモセクシャルラブ)の道に迷い込む。
吉原一の太夫・小紫も権八に一目惚れ(そんな男前がおってたまるかという気もするが)、小紫に横恋慕する旗本奴(はたもとやっこ)寺西閑心は「権八こそ自分を邪魔する不倶戴天の敵」とつけ狙うことになる。
長兵衛はその閑心の横暴から権八と小紫を守る。ほんとは自分が権八のことを好きなのだが、そこをぐっと押さえ「権八さん、小紫と逃げなせえ」と金子(きんす)を与え、自分は閑心に切られる(いつの世もホモセクシャルは報われない)。逃げた権八も喀血で斃死(へいし)、小紫も権八の遺体の置かれた目黒不動尊の前まで追いかけて、そこで自害する。
その権八と小紫の悲劇の比翼塚(ひよくづか、心中死した男女の墓)が目黒不動尊の門の前にある。あるという話だった。