ロサグラウカはカメレオンの粘着舌だ 「競馬巴投げ!第168回」1万円馬券勝負

乗峯栄一

「粘り」について考えてみなければならない

[写真1]ウインラナキラ 【写真:乗峯栄一】

 競馬ではよくあるが、今回のオークスも「ラッキーライラックの粘りに対する、アーモンドアイ・サトノワルキューレの急追末脚との勝負だ」などと言われる。

 粘る馬はだいたい前にいる。最後方にいる馬が、そこで粘ったって意味がない。逆に速い末脚を使う馬は後ろにいる。前にいる馬が強烈な末脚を使えば、ただ圧勝するだけで勝負としての妙味は少ない。

 カブラヤオーやサイレンススズカのように、最初から前にいて、ゴールが近づくと、後ろの馬よりさらに速い脚を使うというのは、そりゃ「とんでもない馬」というだけで「粘る馬」とは言わない。「粘る馬」は前に出て、「何とかひとつ、何とかひとつ」と両前脚を擦りつけるように拝みながら走る馬でないといけない。

 ということになれば、ここで「粘り」について、ちょっと考えてみなければならない。

 競馬世界にとって「粘る馬」を探すことは大切だ。生産者や馬主も探すが、競馬ファンも「粘る馬はどれだ?」と出走表を見て必死に探す。キタサンブラックやレッツゴードンキが出現してから、その大切さが余計にクローズアップされてきた。

“粘るもの”といえば、たとえば溶岩だ。溶岩というのは地中のドロドロとしたマグマが上昇して地表に流れ出したものだ。このあたり、男だと何となく感覚的に理解できるところがある。「粘ってるなあ」と指ですくって思うことがあるし、「薄い」と思うとガッカリしてしまう感じになる。これは、あるいは女性でも感覚的に分かるんじゃないだろうか。「今日の、わたしの、何だか粘ってるわ」と思うときがあるんじゃないだろうか。とにかく「粘り気のある液体」というのは生命の保存と伝達にとって、最も大切な用具となる。鉄球のような塊では生命は伝達できない。

不格好で、ゴツゴツして、ムクッとしている物

[写真2]ウスベニノキミ 【写真:乗峯栄一】

 話がそれてしまったが、とりあえずマグマの“粘り気”が最も分析しやすい。

 火山というものは、マグマの粘り気によって形や、噴火の様子、岩石の色が大きく異なってくる。

 マグマの粘り気が少ないと、岩石の色が黒く、噴火はおだやか(というよりチンケなもの)となり、火山の形状はちょっと膨らんだ台地のような、ずらっと広がったものになる。いま話題になっているハワイのキラウエア山とかマウナロア山がこれにあたる。しょっちゅうダラダラと溶岩を垂れ流しているが、粘り気がないので、そのまま海中まで落ちてしまう。「だらしないわねえ。ビシッとしなさいよ」と女に言われるタイプとも言える。

 粘り気が中くらいのやつは富士山や、浅間山、桜島のようにきれいな円錐状の山を作る。噴火も岩石や煙を吐き出してはっきりとしたものになる。富士山が「日本一の山」と言われるように、形状は「美しい」とは言われるが「見るだけでドキドキしちゃう。ああ、何だか股間が」などと言われることはない。粘り気が中途半端だからだ。

 最も粘り気が強くなると、ゴツゴツ、ムクムクと上へ上へせり上がっていく。“チョコナッツうまか棒”を真っ直ぐに立てたような火山だ。不格好この上ない。雲仙普賢岳や北海道の昭和新山(名馬シンザンの馬名由来とも言われる)などがこれにあたる。

 ほんと、昭和新山の写真を一度見て欲しい。緑の平地の中に突然黒いゴツゴツした巨大な岩の塊りが空に向けて突出している。これが「粘り気」の本尊だ。「いやあん、不格好、気持ち悪い」と言いながら、なぜか女たちの憧れとなる。女たちは「不格好で、ゴツゴツして、ムクッとしている物」が、不思議と好きなのだ。「粘り気」とは、そういう論理で説明できない衝撃を与えるものだ。

キタサンブラックは「粘着質競走馬」の優位性を知らしめた

[写真3]カンタービレ 【写真:乗峯栄一】

 粘り気とは「水分の中に溶け入っている混雑物の濃度」のことを言う。

 溶岩の粘り気は、水分の中に地球内部の鉱物が粉末状になって混ざっていることから来る。しかし生物から発せられる粘り気の場合は、多く、体内の水分に微生物が混ざって発生する。

 たとえば体長40センチのマダガスカル・カメレオンの舌は、一瞬にして体長の2倍、80センチは伸び、獲物の虫をその粘着棒で捕捉する。粘着棒ということは、つまり舌の周囲が、微生物比率の異常に高い水分(粘り気が最高に強い)で覆われているということだ。

 普段はジャバラ状に縮こまって、口の中に収まっているが、獲物を見つけた途端、この微生物比率のめちゃくちゃ高い舌が、まるでマジックハンドのように一瞬にして伸長し、獲物をそこに貼り付ける。貼り付けたが最後、獲物は決して逃れられない。粘り気が高いからだ。マダガスカル・カメレオンは“トカゲ界の昭和新山”と呼ばれている(うそ。今ぼくが初めて呼んだ)。

“人間カメレオン”なら身長1.5メートルとして、3メートルに伸びる、それも一瞬にして伸びる舌を持っていて、獲物を捕食することになる。

 例えば、電車に座っていて、「向かいの男、何だか気持ち悪い」と思っていても「まあ、これだけ距離が離れてるんだから」と通常は思う。通常は思うが、甘い。向かいの男が3メートル伸びる粘着舌を持つ「カメレオン男」だったらどうする。ちょっとでも居眠りでもしようものなら、一瞬にして、向かいの席から3メートルの粘着舌が伸びてきて貞操を犯される危険がある。「こんな所で不覚にも、粘着舌にやられるとは」とあとで地団駄踏んでも遅い。

 少なくとも「マダガスカルのバッタ女」なら電車シートに座っていても、決して注意を怠らない。そこらじゅうに、3メートル粘着舌の「カメレオン男」がいることを知っているからだ。

 生産者は粘り強い逃げ馬はどうやったら作れるか?と考える。競馬ファンは最後までスタミナのもつ馬はどれだ?と考える。そのためには、“粘り気”というのは、要は体液の中の微生物比率の問題だという基本をしっかり認識していないといけない。

 昨年暮れ、惜しまれながら引退したキタサンブラックという馬は「粘着質競走馬」の優位性を競馬界に知らしめた。

 われわれは出走表を見たら「キラウエア火山のダラダラ溶岩はどこを流れている、カメレオンの粘着舌をもつ馬はどれだ」とそこから考えはじめねばならない。

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著者プロフィール

 1955年岡山県生まれ。文筆業。92年「奈良林さんのアドバイス」で「小説新潮」新人賞佳作受賞。98年「なにわ忠臣蔵伝説」で朝日新人文学賞受賞。92年より大阪スポニチで競馬コラム連載中で、そのせいで折あらば栗東トレセンに出向いている。著書に「なにわ忠臣蔵伝説」(朝日出版社)「いつかバラの花咲く馬券を」(アールズ出版)等。ブログ「乗峯栄一のトレセン・リポート」

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