STVVはいかにして黒字化に成功したのか? DMMの経営戦略に見る「海外クラブ運営の極意」

舩木渉

日本資本となってからの6年ほどで経営規模が約1.5倍に。ホームタウンの人口が約4万人というスモールクラブのSTVVが、安定基盤を築けた要因とは──(写真は24-25シーズンの新ユニホーム) 【©️STVV】

 ベルギーリーグにおける数少ない黒字クラブ。それが、2017年11月にDMMグループが経営権を取得したシント=トロイデン(STVV)だ。今や「欧州における日本人選手のステップアップの場」として認知される同クラブは、その一方でいかにして強固な経営基盤を築いてきたのか。日本においてスポンサー獲得や新規事業開拓に奔走する合同会社『DMM.com』の緒方悠セールスソリューション本部長に、STVV独自の経営戦略と今後のビジョンを聞いた。

日本と同水準の金額で広告枠を売る

 シント=トロイデン(以下STVV)は「2つの顔を持つクラブ」だと、立石敬之CEOは言う。

 DMMグループがSTVVの経営権を取得したのは2017年11月のこと。それから約6年半で、「欧州」と「日本」という「2つの顔」を持ったクラブの経営規模は約1.5倍に成長した。

 しかも、ホームタウンの人口がわずか4万人という環境で黒字化にも成功している。22-23シーズンのベルギーリーグの1部と2部を合わせても、黒字だったクラブはわずかに6つしかなく、STVVはそのうちの1つだった。黒字額は全体3位という健全経営を実現するまでに、どのような工夫があったのだろうか。

 鍵となったのは日本からのスポンサー収入の増加だった。

 プロサッカークラブには、「入場料」「物販」「放映権料」「スポンサー」「移籍金」という収入の5本柱がある。これらのうち「入場料」収入と「物販」収入はスタジアムのキャパシティに依存するため、大きく伸ばすのは難しい。一方でベルギーにおける「放映権料」や「移籍金」による収入はJリーグクラブよりも多い。したがって、クラブの経営基盤をより強固なものにするためには、「スポンサー」からの収入を増やすことが不可欠だった。

 だが、ベルギーと日本ではユニホームの胸スポンサーとして企業ロゴを掲出するために必要な金額にギャップがあった。Jリーグでは考えられないほど、ベルギーで常識とされるスポンサー料の水準が低かったのである。

 それでもSTVVは妥協することなく、日本と同じ水準の金額で広告枠を売ることにした。これがのちに大幅な収入増加にもつながっていく。

 フットボール事業が立ち上がったばかりの頃から、日本におけるSTVVの認知や価値向上に取り組んできた合同会社『DMM.com』の上級執行役員兼セールスソリューション本部長の緒方悠氏は、これまでの歩みを次のように振り返る。

「今振り返ってみて、クラブを買収したばかりの頃のようなことをもう一度やれと言われたら、同じことはできないかなと思うくらい大変でしたね。最初の日本人選手として冨安(健洋)選手が加入してくれましたが、当時の彼は将来を期待されていた一方で日本国内での知名度はまだ低かった。その中で日本からのスポンサーをどう増やしていくか、日本でどうマネタイズしていくか、試行錯誤の日々でした。ただ、最初は苦労したものの、徐々に我々のプロジェクトに共感し、意義に賛同してくれる方が1人、また1人と増えて、少しずつ輪が広がっていった実感があります。

 サッカー面で言うと、冨安選手が最初にステップアップに成功し、それから鎌田(大地)選手や遠藤(航)選手なども(5大リーグへ)巣立っていった中で、『STVVに行くとステップアップできる可能性が高い』というイメージができていったのではないでしょうか。日本にいても『ヨーロッパに挑戦するための入口はSTVV』という認識が、サッカー界を中心に根づいてきたと感じます」

移籍金収入とスポンサー収入の比率が逆転

年に一度開催されるシーズン報告会に参加する企業の数は、買収直後の18-19シーズンから約6倍になった。日本からの支援の厚さはSTVVの唯一無二の武器だ 【©️STVV】

 STVVではユニホームなどにロゴを掲出するための枠を、日本向けとベルギー向けに分けて販売している。ただ、クラブが遠隔地にあることもあって、日本からのスポンサードへの対価を目に見える形で提供するのは難しい。そこでSTVVが「価値」として重視したのが、クラブをハブとしたスポンサー企業同士のネットワークを構築していくことだった。

 緒方氏はこう説明する。

「日本の若い選手たちが欧州に挑戦できる環境を作ったうえで、選手だけではなく、指導者やビジネススタッフの挑戦にもつなげたいという基本的なプロジェクトの方針は買収当初からまったく変わっていません。そのうえでサッカーだけではなく、日本のいいものを欧州や世界に持っていくことにつなげていきたいという思いがずっとありました。

 こうした基本方針に基づいた営業活動や広報活動、ブランディング、事業開発を愚直に続けてきた過程で出会った方々と、『何か新しいビジネスはできないか?』とコミュニケーションを重ねて、STVVへの支援をビジネスチャンスの発掘にうまくつなげていく。年々我々に関わってくださる企業が増えているので、そこから1社、2社と企業間のつながりも増えていって、どんどん輪が広がっているのが今の状態かなと思います」

 年に一度開催されるシーズン報告会に参加する企業の数も、買収直後の18-19シーズンに比べて約6倍になった。直近の23-24シーズンの報告会には129社から約300人が参加したという。支援してくれる企業の数が増えたことで、STVVのスポンサー収入に占める日本企業の割合は約9割となり、移籍金収入とスポンサー収入の比率は買収当時の2:1から1:2に逆転した。

 今ではベルギー国内の他クラブがSTVVのスポンサー収入の多さを羨むほどで、遠く離れた日本からの支援の厚さは唯一無二の武器になった。不確実な移籍金による収入が全体に占める割合を減らすことが、経営やチーム運営の継続性につながる。「我々にとって選手を売らなくてもクラブ経営が安定している状態にできるかが課題だった」と語る緒方氏は、「スポンサー収入が増えていくことで、選手を売らなくてもいい状況を作れれば、ゆくゆくはEL(ヨーロッパリーグ)やCL(チャンピオンズリーグ)への出場を狙えるのでは」と夢を描く。

 だが、その夢も徐々に現実となる日が近づいているように感じる。STVVは23-24シーズンのリーグ戦を9位で終え、CLやELの出場権を争うプレーオフ1出場圏内の6位まであと一歩に迫った。現状にプラスアルファの補強ができるような状況になれば、もっと上の順位を狙える基盤はできつつある。

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著者プロフィール

1994年生まれ、神奈川県出身。早稲田大学スポーツ科学部卒業。大学1年次から取材・執筆を開始し、現在はフリーランスとして活動する。世界20カ国以上での取材を経験し、単なるスポーツにとどまらないサッカーの力を世間に伝えるべく、Jリーグや日本代表を中心に海外のマイナーリーグまで幅広くカバーする。

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