長谷部誠・独占インタビュー(前編) 中田英寿さんにはぐらかされ、香川真司と共感しあえた、引退決断までの過程と幸せとは
日本での引退会見で笑顔を見せる長谷部誠。喧噪の日々からドイツに戻り、単独インタビューに応じてくれた 【Photo by Etsuo Hara/Getty Images】
そのようなスケジュールを知りながら、インタビューを申し込むと、日本滞在中はどうしても時間が取れないものの、「ドイツへ戻ってからオンラインでもよければ」と、じっくり時間を作ってもらった。日本での喧噪から離れ、ドイツでの落ち着いた生活に戻ってから行なわれた、現役生活を振り返る貴重なロングインタビュー。現役時代のシビアな決断から、多くの人が驚くような“進化”の話まで、前後編でお届けする。(取材日:2024年6月11日)
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チームもフランクフルトの街も、異国の選手を受け入れてくれた
現役最後の試合でも20番のユニフォームを着ているファンの姿が目立った。「ここ数年は声をかけてもらう機会がすごく増えた」と長谷部は語る 【写真は共同】
プロになる時も、ドイツへ移籍する時も、それ以外の小さな決断も自分で決めてきました。やはり自分で決めると、覚悟も違ってきますから。まだサッカー選手を続けたいけど、その場所がないという選手もいる中で、自分で決めさせてもらえるのは本当にありがたいことでした。あとは、これまでにも自分で決めたことで、その次のステップや未来に向けてポジティブに進めたという感覚があったからですかね。
――では、2018年ロシアW杯を機に日本代表からの引退を決めたときには、どんな未来を描いていたのですか?
日本代表という場所は、自分の中で、プロサッカー選手としてのプライオリティーがすごく高かったんですよね。だから、あのときには、「プロサッカー選手を終えた」とか、「やりきった」くらいの感覚が正直ありました。ただ、そこからは代表での責任や重圧から解放され、肩の力の抜けたサッカー選手になれた感じがあります。あれはサッカー選手としての一つの大きな区切りでした。ただ、そこからもう一つのフェーズが始まるとは全く想像していなかったんですけどね。
――ロシアW杯直後に、タレントの石橋貴明さんや中田英寿さんと食事をして、中田さんにはその後のキャリアについて相談していましたよね?
あのころには自分も30歳を超えていて(※当時34歳)、代表だけではなく、現役選手としての引き際も漠然と考えるようになっていて。ヒデさんはやはりすごく特殊な形で現役を終えられたので、すごく興味があったんです。ただ、ヒデさんに、引き際についての質問をしても、うまくはぐらかされてしまったりもしたんですけど(笑)
――自分の意見を押しつけたくないという中田さんなりの配慮もあったのでしょうか?
ヒデさんとは今でも1年に1回か2回くらいの頻度で食事をご一緒させていただくのですが、いまだに本音はなかなか見せてくれないんです。ただ、29歳で迎えたW杯でスパッと現役をやめられたヒデさんからは、こういう生き方もあるのだと教えられます。今でいえば(EURO2024をもって現役を引退するドイツ代表の)トニ・クロースなんかも、周囲から「まだまだ活躍できる」と思われながらやめていきますよね。それが美学なのか、考え方や価値観によるものなのかはわからないですけど。
――所属クラブの活動に専念する経験もしてみて、良かったと感じていますか?
僕は基本的に、物事についての“タラレバ”はあまり考えないんです。でも、その後の自分のアイントラハト・フランクフルトでのキャリアを考えれば、本当に、これ以上ない、素晴らしい時間を、2018年から6年間も過ごせました。サッカー選手として、正当に評価をしてもらえているという感じがありましたから。
――それ以前は日本代表のキャプテンという立場をフォーカスされることが多かったですよね。
代表を引退してから、香川真司とそういうテーマで話をしたことがあって。「オレは今が一番、サッカー選手として正当に評価されているかも」と話すと、「それはすごくわかりますわ」と真司も言っていました。
――2018年の代表引退からの1年の間に、アジア国際最優秀選手賞や『キッカー』誌によるブンデスリーガの年間ベスト11に選ばれるなど、日本国外からの評価が特に高まった感じがあります。
“キッカーさん”などは(当時35歳という)年齢なども忖度してくれたと思うんです(笑)。でも、そういうところに名前が挙がることは、すごく、すごく、名誉なことで。僕のような、そんなに目立つプレーをするわけではない選手をそのように評価してもらえたのは、やはり嬉しかったですよ。
――2015年5月、フランクフルトでの最初のシーズンを終えたタイミングで、ブンデスリーガのレジェンド奥寺康彦さんと対談した際、当時の長谷部選手はこう言っていました。「今シーズンはチームで最も多くの試合に出させてもらったのですが、ファンは点を取る選手を一番評価するので(笑)」と。あそこには本音も含まれていた気がしたのですが……。
そうですね。僕が言った“正当な評価”と言うのは、サッカーの本場で、異国の選手をアイントラハト・フランクフルトに関わる人たちが本当に受け入れてくれたということでした。僕はここに来て10年になりますけど、「本当に受け入れてもらえた」と感じられるようになったのは、5年くらいたってからですから。ドイツ杯やヨーロッパリーグで優勝したり、チャンピオンズリーグに出場したり。その過程で少しずつ……という感じだったので。
――5月18日の現役最終戦は現地で取材させていただきましたが、試合当日に長谷部選手のユニフォームを着ている地元ファンの姿が目立ちました。
あの最終戦もそうですし、その前から自分のユニフォームを着てくれている地元の人たちが多くなってきているのを感じていて。フランクフルトの街でも、ここ数年は声をかけてもらう機会がすごく増えました。自分は外国人ですけど、それも受け入れてくれて。そういうものは手に入れたいと思っても、なかなか手に入れられないものだなと思います。普通の生活の中にサッカーがあるなかで、そういうことがあると、すごく幸福感を感じますね。
――最終戦の時には「よく目立つ前線の選手では”ない”長谷部選手のユニフォームを着る人がこんなに多いのか!」と驚きました。
そういえば、以前、息子の保育園に迎えに行ったら、僕の20番のユニフォームを着た小さな子から「絶対に引退しちゃだめだぞ!」と言われたんですよ。先日、幼稚園でその子に会ったら「なんで辞めちゃったんだよ!」と。4歳児に怒られてしまいました(笑)