「井戸を掘った6年間」から次のフェーズへ 立石敬之CEOが語るSTVVの現在地と未来

舩木渉

18年1月からSTVVの陣頭指揮を執る立石CEOは、この6年半をどう総括し、どんな未来図を描くのか。クラブ創設101年目の今季は、また新たなフェーズを迎える 【YOJI-GEN】

 冨安健洋や遠藤航などをプレミアリーグに送り出し、「日本人選手が欧州でステップアップするための最初のクラブ」として、今やベルギー国内で一目置かれる存在となったシント=トロイデン(STVV)。『DMMグループ』の経営権取得から6シーズン、一度も2部に降格することなく、いわば育成と結果を両立させてきたが、チームを統括する立石敬之CEOは、ここまでの歩みをどのように評価しているのだろうか。クラブ創設101年目を迎える2024-25シーズン以降の展望も含め、話を聞いた。

STVVの育成力が評価されたシーズンに

──まずはトルステン・フィンク監督のもとで戦ったシント=トロイデン(以下STVV)の2023-24シーズンを振り返っていただきたいと思います。クラブ創設100周年という記念すべきシーズンでもありましたね。

 現地のステークホルダーやファン・サポーター、そして私たちクラブスタッフにとっても、すごくいいシーズンだったと思います。STVVはかつて1部と2部を行ったり来たりしているクラブでしたが、9年連続で1部を戦いながら100周年を迎えることができました。さらに昨シーズンは一度も降格圏に入ることがなく、フィンクさんのやりたかったボールを保持しながら主導権を握っていくサッカーをしっかりと見せることもできました。

──これまでのシーズンとの大きな違いは、地元で育ったアカデミー出身選手が複数トップチームに定着したことではないかと思います。

 最大のサプライズはそこでしょうね。フィンクさんは勇気を持ってアカデミー出身の選手を起用し続けてくれました。シーズン序盤はミスが多くなった試合もありましたけど、粘り強く使い続けたことで、選手たちが成長した姿を見せられたと思います。私たちですら彼らの成長には驚いていますから。

 ファン・サポーターにとっても地元出身の選手が常に4、5人ピッチに立っているのはすごく嬉しいことだったはずです。彼らは「リンブルフ州のシント=トロイデン」よりも、もっと狭い範囲のことを指す「ハスペンゴウのシント=トロイデン」であることに誇りを持っています。昨シーズンに台頭したアカデミー育ちの若手選手たちはハスペンゴウ出身者ばかりだったので、真の地元育ちがトップチームで中心選手になったということで非常に喜ばれました。

 最終的にマッテ・スメッツ、ヤルネ・ステウカース(ともに新シーズンからゲンクへ移籍)、マティアス・デロージ、レイン・ヴァン・ヘルデン、マット・レンドファースの5人がU-21ベルギー代表に選ばれました。鈴木彩艶、藤田譲瑠チマ、山本理仁とU-23日本代表選手も3人いましたから、パリ五輪世代だけでもトータル8人の代表選手を輩出したことで、STVVの育成力が評価されたシーズンにもなったと思っています。

──「欧州における日本サッカーの強化拠点になる」ことを目的としてプロジェクトを進めてきたはずですが、ベルギー人の若手が育ってきたことにはどんな意味があるのでしょうか。

 私たちが経営参画したばかりの頃は、日本人も含めて外国籍選手ばかり獲得していたので、地元の人たちのハートをつかみきれていないところがありました。なので、ベルギー人を獲得しようと思ったら、それも違った。ではリンブルフ州で育った選手ならば……それも違う。結局はさらに狭い「ハスペンゴウ」という地域の選手をしっかりと育てることで、地元のファン・サポーターやステークホルダーの皆さんが喜んでくれるということに気づいたんです。そういう意味で、昨シーズンは地元と私たちがシナジーを生みながら一緒になって盛り上がれるものを見つけられた1年間になりました。

──DMMグループがSTVVの経営権を取得してからの6年間で、数多くの日本人選手がステップアップを遂げました。プロジェクトは確実に成果をあげているように感じます。

 今はイングランドのプレミアリーグが「1強」と言われますが、そこに冨安健洋(アーセナル)、遠藤航(リバプール)、橋岡大樹(ルートン・タウン)、そして鎌田大地(クリスタル・パレス)とSTVV出身の日本人選手を4人送り出すことができました。日本人選手が欧州でステップアップするきっかけを作るという意味での成果には、一定の満足を得ています。

──STVV在籍経験のある日本人選手たちは、Jリーグでも活躍しています。日本に戻ってきた選手が全員J1クラブに所属しているというのも、成果の1つなのではないかと思います。

 そうなっている要因の1つとして、まずは私たちが一定以上のレベルの選手を獲得してきたということが挙げられると思います。STVVから巣立った選手たちが、Jリーグに帰ってからもみんなしっかり成長していることを感じられるのは嬉しいですね。

 例えば鈴木優磨(鹿島)はJリーグでさらに伸びたと思います。欧州では相手のセンターバックをフィジカルで押さえつけることができずに悩んでいた時期があって、それから中盤に下りてきて自分でゲームを作ってからゴール前に出ていくというプレースタイルに変わりました。今は鹿島でも“偽9番”のような感じで、ゲームメーカーの役割も担っていますが、あれはベルギーで身につけたものがあったからこそできていることなのではないでしょうか。

 他にも原大智(京都)や関根貴大(浦和)、松原后(磐田)など、たくさんの選手がそれぞれの形で成長を見せてくれています。もちろん彼らは日本に戻ったら一線級の戦力になると思っていましたから、STVVのために戦ってくれた選手たちが欧州だけでなくJリーグでも結果を残してくれているのは非常に嬉しいですね。

移籍金収入が占める割合を減らしていく

鈴木彩艶(右)らの活躍でベルギー国内での日本人選手の価値は急騰したが、同時にデロージ(左)など地元出身者も重用。サポーターのハートをつかんだ 【Photo by Isosport/MB Media/Getty Images】

──立石さん自身がSTVVで欧州サッカーの最前線に立たれてから6年が経ち、欧州における日本人選手の評価や、STVVに所属する日本人選手たちのブランド力の変化をどのように捉えていますか?

 他クラブの関係者からよく、「あなたたちは井戸を掘ったね」と言われるようになりました。つまりSTVVは「日本人選手たちが欧州でステップアップするための最初のクラブ」として、新しい市場を開拓したパイオニアになったということです。

 ベルギー国内での日本人選手に対する見方も明らかに変わったと思います。私たちが入ってきた当初、ベルギーリーグに日本人選手は2、3人しかいませんでしたが、今は1部と2部合わせて20人前後がプレーしています。どのクラブも日本人選手を探していますし、トレンドの中心になっている印象がありますね。Jリーグなら外国籍選手といえばブラジル人が定番ですが、ベルギーでは日本人が定番になりつつあると感じています。

「日本人には価値を感じていない」とハッキリ言われていた参入当時と比べれば、状況はまったく違いますよ。もちろん選手たちが頑張って実績を残してきたからこそでもありますが、STVVは日本のブランド力を示せていると思いますし、6年間である程度の地位を築けた手応えもあります。

──ベルギーのクラブにとって、日本人選手を魅力的に感じる理由は何なのでしょうか。

 まずは金銭的なところですよね。獲得する際に必要な移籍金が安い。一方で、STVVが冨安をボローニャに売却した際の移籍金が想定されていたよりも高額だったことも影響して、風向きが変わってきた印象です。そして、監督を絶対に裏切らない忠誠心があって、ハードワークを怠らない日本人選手のメンタリティも高く評価されています。

──数多くの日本人選手が活躍するようになったベルギーリーグの周辺環境は、この6年間でどのように変わってきていますか?

 言い方は悪いですけど、いじめられなくなったなと(笑)。ベルギーリーグの幹部たちは私たちが日本から得ているスポンサー収入が地元からのそれよりも大きいことに驚いていますし、よく「どうやっているんだ?」と情報を取りにきます。STVVはリーグ内でも特殊なクラブという認識が定着し、大切にされるようになったと感じています。

 地元のファン・サポーターの皆さんからの見られ方も大きく変わりました。DMMグループの経営権取得から6シーズン、一度も2部に降格することなくクラブ創設100周年を迎えることができ、始めた頃に14~15歳だった地元出身の選手たちが20~21歳になってトップチームで花開いた。ベルギー側の広報担当がファン・サポーターやメディアと丁寧にコミュニケーションを取ってくれているのも大きいですが、私たちの取り組みに理解を示したうえで、「日本人なら大丈夫。ちゃんとやってくれるだろう」と思われるまでになったように感じます。

 ただ、ベルギーリーグ全体を見渡すと現状は非常に厳しいですね。STVVの経営規模はこの6年間で約1.5倍になりましたが、ここ数年は横ばいです。22-23シーズンのデータで、STVVの黒字額は1部と2部を合わせた25クラブの中で3位でした。黒字化を達成できたクラブも6つしかありません。STVVには日本からのスポンサー収入が安定してきているという他にはない強みこそありますが、何か特別なことをしているわけではなく、周りのクラブの経営が厳しくなってきている印象です。

──今年もオーステンデの破産が明らかになりました。近年は毎シーズンのように歴史のあるクラブがいくつか破産や解散に追い込まれるケースが相次いでいますね。

 ベルギーでは外資の参入が増えていて、1部と2部では約7割が外国資本のクラブになっているはずです。その流れで上位陣は「G5」から「G8」と呼ばれるようになって、差が縮まっています。ところが、「G8」とそれ以外の差は広がってしまっています。

 近年ではロケレンやムスクロンといったSTVVと順位を争うライバルだったクラブが次々に破産していて、コルトレイクやベールスホット、ズルテ・ワレヘム、オイペンなども経営状況は厳しい。破産予備軍と言えるようなクラブが増えて、上位と下位の格差はどんどん大きくなっていますね。

──そんな中でSTVVはリーグ屈指の健全経営を実現しています。人口約4万人の街を本拠地とする地方クラブとして、どのように生き残り、成長していこうと考えていますか?

 ベルギー全体でも人口は約1200万人で、東京都より少ないんです。ブリュッセル首都圏の人口も約120万人ですから、約150万人の福岡市よりもはるかに少ないわけです。そうした経済規模の小ささを考えると、ベルギー国内からのスポンサー収入だけではクラブ経営は到底成り立ちません。

 プロサッカークラブには「放映権料」「スポンサー料」「入場料」「物販」に加えて「移籍金」と収入の5本柱があると言われますが、Jリーグと比較した時にベルギーリーグが明らかに上回っているのは「移籍金」収入と「放映権料」収入だけです。ただ、STVVとしては不安定な移籍金収入が全体に占める割合を減らしたいと考えています。そのためには今までフットボール界ではやってこなかったような、新しいビジネスの形を見つけていかなければならないと思っています。

──「新しいビジネスの形」には何か具体的なアイデアがあるのでしょうか。

 試行錯誤している段階ですね。いろいろなことをやってきましたけど、まだ太い幹になるようなものは見つけきれていません。ユニホームに掲出できるロゴの数は限られていますし、スタジアムには収容人数の限界がある。物販収入も入場者数に比例するので、飛躍的に増えるものではありません。

 ならば勝ち続けることで上位に進出して放映権料収入を増やすのか、これまで通り移籍金収入に頼るのか。勝ち負けは私たちにコントロールできるものではなく、毎年選手を売るのがチームにとってベストかというとそうではないので、成長のためにこれらの選択肢は現実的ではありません。視野を広げて、食や医療、音楽、教育などサッカーと隣り合わせになっている産業を巻き込んだ新しいビジネスを生み出していくのが最適解なのではないかと考えて、そこに挑戦していこうと検討を進めています。

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著者プロフィール

1994年生まれ、神奈川県出身。早稲田大学スポーツ科学部卒業。大学1年次から取材・執筆を開始し、現在はフリーランスとして活動する。世界20カ国以上での取材を経験し、単なるスポーツにとどまらないサッカーの力を世間に伝えるべく、Jリーグや日本代表を中心に海外のマイナーリーグまで幅広くカバーする。

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