STVVはいかにして黒字化に成功したのか? DMMの経営戦略に見る「海外クラブ運営の極意」

舩木渉

経営を安定させた『にしたん』と『マルハン』の支援

プラチナスポンサーの『にしたんクリニック』と『マルハングループ』の支援が、クラブ経営の安定に寄与。『マルハン』は24-25シーズンからユニホームの胸スポンサーを務める(写真は小川諒也) 【©️STVV】

 クラブ経営を安定させるにあたっての転機は22年にあった。同年2月に医療法人社団直悠会『にしたんクリニック』がプラチナスポンサーとなり、同院を運営する『エクスコムグローバル株式会社』の西村誠司代表取締役社長がSTVVのマーケティングアドバイザーに就任する。

 マーケティングの専門家でもある西村氏の後押しもあり、STVVはサッカーに関心のない層からの認知度向上を目指した施策などを積極的に行ってきた。例えば渋谷ハチ公前を広告でジャックしたり、女性応援ユニット『シントトロイデンガールズ』を作ったり、渋谷にクラブ公式レストランバーとして『STVV LOUNGE』をオープンしたり。緒方氏は「サッカーをまったく知らない人たちにどうやったら興味を持ってもらえるか、共感してもらえるかという視点でアプローチの幅を広げようということで西村さんに助言をいただき、それがクラブの認知向上につながった」と手応えを得ている。

 もう1つの転機は『マルハングループ』との資本業務提携だ。22年4月、STVVは合同会社『DMM.com』からマルハンの子会社である『マルハンユナイテッドパートナーズ』にクラブの株式を一部譲渡する形で、総合エンターテインメント企業と提携を結んだ。

 現在は千葉県八千代市で子どもたちを対象とした『マルハン×シント=トロイデンVV カップ』を開催するほか、STVVとマルハンは同市内で『ルーケストサッカースクール』も運営している。また、マルハンは同年7月からSTVVのプラチナスポンサーも務めており、24-25シーズンからはこれまでユニホームの右袖と左鎖骨部分に掲出していたロゴが胸に移ることも決まった。

『にしたんクリニック』と『マルハン』からの支援によって、STVVの経営は安定軌道に乗りつつある。さらに23年10月には『株式会社セプテーニ・ホールディングス』の資本参加もあり、クラブ買収前から残っていた債務超過の解消にも目処が立ってきた状況だ。緒方氏も6年以上をかけて地道に続けてきた取り組みが好循環に入りつつある手応えを得ているようだった。

「もともとサッカー好きだったり、サッカーにゆかりがあったりする企業やオーナーさんがスポンサーになってくださるケースは多かったのですが、多くの選手がステップアップを果たし、日本での知名度が上がっていくにつれて流れが変わってきました。今はSTVVに絡んでビジネスの幅を広げたい、DMMとビジネスをしたいなど、様々なニーズが広がってきているのかなと。スポンサードしてくださっている企業同士で新しいビジネスや取引が生まれるケースが増えてきているので、我々STVVがスポンサー企業同士のハブとなれている実感はかなりあります」

サッカークラブが別の事業をやってもいい

日本において経営戦略の陣頭指揮を執る『DMM.com』の緒方本部長。「スポンサー企業同士のハブとなって、さらにビジネスの幅を広げたい」と、今後の展望を語る 【YOJI-GEN】

 クラブ創設101年目の24-25シーズンは、新たなサイクルへの入口になるだろう。

「STVVは日本のブランド力を示せていると思いますし、6年間である程度の地位を築けた手応えもある」と胸を張る立石CEOは、「視野を広げて、食や医療、音楽、教育などサッカーと隣り合わせになっている産業を巻き込んだ新しいビジネスを生み出していきたい」と、クラブが次のステップへ進むための道筋を描く。

 もちろん「欧州における日本サッカーの強化拠点」として、若手選手たちのステップアップの場になるという基本方針は、これまでと変わらない。一方で昨季は地元出身の選手の育成にも成功事例が数多く出るなど、サッカー面で大きな成果を得た。こうした着実な成長を持続可能なものにするべく、日本では緒方氏ら少数精鋭のフットボール事業部が奔走している。

「基本的にはクラブ経営のために選手を売ることはしたくありません。我々がやっているのは、日本の若手選手が最終的に5大リーグへステップアップするための入口となることです。ですから1年でも2年でも活躍したら、すぐにでもステップアップしてほしい。基本的に我々が選手の将来を選ぶのではなく、ふさわしいタイミングで、いい話があれば快く送り出してあげたいという気概があります。経営のためにやむなく選手を放出していたら継続性がなくなってしまいますし、本質的に選手のためにはならない。チームとして安定した結果を残しながら、若手選手にチャンスを与えていくには、移籍金以外の部分で収益を安定させなければいけないんです。

 立石さんはよく『ノンフットボール』と言いますが、サッカークラブが別の事業をやってもいいと思うんです。それによってビジネスサイドにできることの幅がどんどん広がって、サッカーだけに頼らない収益の柱が他にできると、これまでとはまったく違ったクラブ経営になるのかなと思います。

 例えば20年にはベルギーで開催される世界最大規模の音楽フェスを、我々DMMで日本向けに配信しました。彼らとはSTVVを通じて出会い、配信の権利を手に入れたという経緯があります。そうやってSTVVを経営していることがクラブの収益のみならず、DMM全体のブランド価値の向上などにも役立っています。定量的なデータは出せませんが、新卒採用にもいい影響が出ているくらいですから」

 日本資本で経営する欧州1部リーグクラブのパイオニアとして、STVVは次のフェーズへ移行しようとしている。これまでの6年半で得た知見や経験から、進むべき道は定まった。

 日本ブランチを引っ張る緒方氏も、明るい将来像を描いているようだった。

「まずはSTVVの経営をしっかり安定させて、5大リーグへ日本人選手を輩出し続けるだけでなく、プレーオフ1進出や欧州カップ戦出場を目指せるクラブにするというのが目標です。

 スポンサーセールスに関しては、現状だとユニホームの広告枠がほとんど埋まってしまっているので、ビジネスマッチングや企業同士のハブという要素を強みにしながら、より少額でも支援してくださる方々を増やしていきたいです。

 試合の勝敗に関しては現地にいる立石さんや監督、選手たちに任せていくしかない中で、我々ができることはクラブの財政を何とか安定させるためのスポンサー獲得や、事業開発による収益貢献でしかない。そこが厚くなればなるほど、サッカーでの結果にもつながるはずなので、我々はシンプルに日本で自分たちにやれることをやるだけだと思っています」

『にしたんクリニック』や『マルハン』との取り組みは今後も継続し、新規層の掘り起こしや未来を担う子どもたちの育成など草の根での活動を広げていくという。日本サッカーの未来に賭ける多くのスポンサーに支えられるSTVVが、これからどんな形で発展していくのか楽しみにしたい。

(企画・編集/YOJI-GEN)

2/2ページ

著者プロフィール

1994年生まれ、神奈川県出身。早稲田大学スポーツ科学部卒業。大学1年次から取材・執筆を開始し、現在はフリーランスとして活動する。世界20カ国以上での取材を経験し、単なるスポーツにとどまらないサッカーの力を世間に伝えるべく、Jリーグや日本代表を中心に海外のマイナーリーグまで幅広くカバーする。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント