新たに6名がパリ五輪に内定した日本陸上選手権 笑顔と失意の4日間を振り返る

大島和人

五輪初出場を決めた女子100mハードル福部真子 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 第108回日本陸上競技選手権大会は新潟市のデンカビッグスワンスタジアムで開催され、6月30日に4日間の日程を終えた。男女のトラック種目、フィールド種目でそれぞれの日本一が決まった。(※マラソン、競歩、リレー種目は非開催)

 日本選手権は7月26日(陸上競技は8月1日)に開幕するパリオリンピックの予選を兼ねている。オリンピックの出場権獲得には(1)参加標準記録突破、(2)ワールドランキングの出場枠(ターゲットナンバー)入りという2つの方法がある。

 サニブラウンアブデルハキーム(男子100m)、泉谷駿介(男子110mハードル)、三浦龍司(男子3000m障害)、田中希実(女子5000m)、北口榛花(女子やり投げ)は大会前から既に内定が出ていた選手たちだ。

 さらに「参加標準記録を突破した選手」が日本選手権を制すると、パリ大会出場が内定する規定だった。今回の大会では田中希実(女子1500m)、豊田兼(男子400mハードル)、橋岡優輝(男子走り幅跳び)、村竹ラシッド(男子110mハードル)、福部真子(女子100mハードル)、秦澄美鈴(女子走り幅跳び)の6名が新たに内定を決めている。

 ワールドランキングは6月末日までの記録で決まるため、日本選手権と同時期にアメリカなど世界各国で陸上の国内選手権が開催されていた。「ワールドランキングの出場枠」による内定者は、改めて発表される。

優勝しても自分への「不満」を口にしていた北口、橋岡

橋岡(中央)は優勝、五輪内定を決めても厳しい表情を崩さなかった 【写真:松尾/アフロスポーツ】

 優勝を決めても悔しそうにしている選手、敗れても清々しい顔をしている選手と、競技終了後の反応は様々だった。

 女子やり投げの北口は2023年の世界陸上で金メダルを獲得し、既に内定していた選手だが、ヨーロッパ遠征から帰国して大会に出場した。1本目は61m10、2本目に62m87を記録したものの、その後の4本は伸びず、優勝は決めたものの本人は不満気な様子だった。

「久しぶりに1本目2本目と気持ちよく入れたと思ったんですけど、3投目で助走のスピードを上げようとしたところで投げが崩れてしまって、そこから立て直せなかった。ピタッと来たのが今年は1本もなく、ずっとストレス、不満のある状態で試合が進んで終わることが多いです。出し切った試合がまだ一つもできてない。最近のシーズンでは一番悩んでいます」

 男子走り幅跳びの橋岡も2本目の7m95で優勝を決めたものの、自分への「ダメ出し」を重ねていた。

「自分自身の調子、コンディションがよくなかったというのもあるんですけど、それにしても前半はよくなさすぎて、自分でも言葉を失うぐらいの感じでした。1本目から3本目は今の僕から考えたら『別人』ぐらい。足が遅かったですし、全く走れてないな、くらいの感覚でした。後半に入ってやっと身体が反応して、その分走れたのですが、助走距離が合わなかった。(7m)54、60を跳びましたけど、その辺の記録はあまり気にしていません。6本目に向けていい修正ができればというところで、最低限の最低限ぐらいの助走が6本目にできました」

 トップ選手は得てして記録より内容にこだわる。ファウルに終わった投てき、跳躍でも本人の感覚では「良し」になる場合もある。優勝インタビューで反省の弁を語っていた北口や橋岡は、それだけ目指す基準が高いのだろう。

アクシデントを乗り越えた福部

福部は優勝を決め、ライバルと健闘を称えあう 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 もちろん清々しい顔で、五輪内定や優勝の喜びを語っていた選手もいる。

 福部真子はアクシデントを乗り越えて五輪初出場を決めた。2023年の日本選手権は同年の世界選手権参加標準記録をただ1人突破していながら、4位にとどまった。しかもレースが接戦で、競技終了後は一旦「1位」と場内に表示されたにもかかわらず代表を逃す悔しい出来事を経験している。

 今大会は29日の準決勝で参加標準記録の12.77を切る「12.75」を記録し、30日の決勝戦も制して内定を決めた。

 準決勝後の福部は「去年あのことがあったので、今年は笑顔で絶対終わりたかった。特大の笑顔でゴールできればいいなと思います」と語っていたが、言葉通りに笑顔で大会を終えた。

 決勝レース後はこう振り返っている。

「昨日の夜は全く寝られなくて……。調子はいいんですけど、やはりトラウマな部分が、まだ正直あります。標準記録を突破した上で決勝を迎えるのは2回目で『また同じ失敗しちゃったらどうしよう』というのは、昨日の夜すごく考えてしまいました」

 決勝のタイムは2位・田中佑美と0.3差の12.86。「重圧」「トラウマ」を乗り越えた末の笑顔だった。

 女子三段跳の森本麻里子は13m64で優勝。参加標準記録には届かず、大会終了時の「即内定」は出ていないが、ワールドランキングの比較から出場は濃厚だ。

 負傷を乗り越えて日本選手権を制した彼女は、感極まった様子で取材を受けていた。

「春先に怪我をしてしまったので、日本選手権に間に合うか分からなかったんですけど、本当にたくさんの人に支えていただいて、今日この舞台に立てて本当によかった。3月末にMRIを撮って、左足首の腓骨筋腱の腱鞘炎で、幸い靭帯までは損傷してなかったので、4月はリハビリをひたすらしていました。スパイク履き出したのは5月とかで、精神的にもつらいときもあったんですけど、何とか今日を迎えられました」

ハードル種目に新鋭

豊田(中央)は21歳の大学4年生 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 ハードル種目では世界レベルに届きそうな新鋭の台頭があった。それは400mHの豊田と、110mHの村竹ラシッドだ。

 日本陸上競技連盟の山崎一彦・強化副委員長は大会日程を終えてこうコメントしている。

「今回本当によかった、印象深かったものは、男子の400mハードルの豊田兼です。47秒99は素晴らしい記録で、(パリ五輪の)出場国で想定するとランキングは10位です。村竹ラシッドは13.07で6位にいて、この2人はかなり突出した、パリの入賞圏内の記録になります」

 豊田は慶應義塾大に在学中の21歳で、195cmの長身を生かしたストライド、ダイナミックなハードリングが魅力の大器だ。日本選手権の前に既に参加標準記録(48.70)を突破していたが、予選を48.62でクリアすると、決勝は自己ベストの47.99を記録した。

「優勝して自己ベストを更新できたので、本当に満足しています。本当に想定通りのレースができた。パリオリンピックに出場するとなった場合、(大会前に)前半から飛ばすレースを試すタイミングがないので、この決勝は絶好のタイミングだと思って、前半に飛ばしました。飛ばす中でも力感は調整して、ちょっと楽に走ることを意識して、今回は調子もよかったですし、ハマったレースでした」

 この種目の日本記録は為末大氏が1996年に記録した47.89。豊田はまだシニアの国際試合未経験とのことだが、まさに伸び盛りで、パリでは入賞に加えて18年ぶりとなる日本記録更新も期待される。

村竹は好記録で110mHを制した 【写真:松尾/アフロスポーツ】

 村竹ラシッドは22歳で、今大会の110mHは雨の恵まれないコンディションにもかかわらず、日本記録(13.04)に迫る13.07の好タイムで圧勝した。3年前の日本選手権はフライングで失格という屈辱を経験した有望株が、今回は堂々たるレースを見せた。

「東京五輪からの3年間で、自分の無力さ、世界の壁や屈辱を感じました。そういったものがパリへの執念になって、ここまで(自分を)動かしてくれたと思っています。少しは解放されて、やっとスタートラインに立てて、ここから始まるなと思いました」

 村竹に満足した様子はなかったが、このような言い方で手応えを口にしていた。

「レースの内容的にはあまりよくないかなと感じたけれど、それで(13秒)0台が出ました。それを加味したらアベレージ自体は上がってきているのかなと思います。もう何試合かして積み重ねていけば、もっと記録は出ると思いますし、出さなきゃいけません」

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著者プロフィール

1976年に神奈川県で出生し、育ちは埼玉。現在は東京都北区に在住する。早稲田大在学中にテレビ局のリサーチャーとしてスポーツ報道の現場に足を踏み入れ、世界中のスポーツと接する機会を得た。卒業後は損害保険会社、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を開始。取材対象はバスケットボールやサッカー、野球、ラグビー、ハンドボールと幅広い。2021年1月『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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