“お家芸”の男子体操に高まるパリ金メダルの期待 代表5名の「バランス」が強みに

大島和人

19日のNHK杯でパリ五輪に参加する体操男子日本代表の日本代表5名が内定した 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 体操男子日本代表の「世界一過酷な選考レース」が終わった。選考のゴールとなったのは5月19日に高崎アリーナで開催された第63回NHK杯体操決勝。4月の日本選手権と合わせた2大会の予選・決勝の得点を合算し、パリ五輪に出場する合計5名の代表が内定している。

 日本のエースは東京五輪の個人総合、鉄棒(種目別)で金メダルを獲得した橋本大輝(セントラルスポーツ)だ。現在22歳の彼は23年12月15日の日本体操協会理事会で、ひと足早くパリ大会の代表に内定していた。橋本は4月の日本選手権でも4大会連続の優勝を飾っている。ただしNHK杯は大会直前の練習で右手の中指を傷め、大事をとって欠場していた。

 NHK杯の終了直後に発表された男子の代表選手は残る4人で、まず大会初優勝を飾った20歳の新鋭・岡慎之助(徳洲会体操クラブ/星槎大学)と、2位に入った東京五輪代表の萱和磨(セントラルスポーツ)が選出。さらに団体への「チーム貢献度」という観点から杉野正尭(徳洲会体操クラブ)、谷川航(セントラルスポーツ)が残る2枠に入った。

 男子団体は床、あん馬、つり輪、跳馬、平行棒、鉄棒の6種目で競われる。パリ大会は5人のうち3人が種目ごとに演技を行い、その3人の得点が合算される『5・3・3』仕組みだ。貢献度とは「団体の得点を上げられる」「他の3選手にはない強みを持つ」といった観点で、2選手は採点のシミュレーションを受けて選出されている。

 日本体操協会の水鳥寿思・強化本部長は述べる。

「パリで戦う上でのベストなメンバーが選考されたと思っています。シミュレーション上、かなりの高い得点が取れています。十分に金メダルを狙えるのではないかなと考えています」

岡慎之助が見せた地力とハート

岡慎之助は悪い材料もある中で、選考レースをトップで終えた 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 岡慎之助はNHK杯を制し、日本選手権を含めた4日間の合計得点もトップだった。2019年の世界ジュニアを制するなど将来を嘱望されていた若手だが、22年4月には右膝前十字靭帯を断裂する試練に見舞われていた。今大会も重度の腰痛に苦しむなど、試練を克服して得た代表権だった。

 また19日の決勝は、あん馬で落下というかなり大きなミスを犯している。他の上位選手が14点台、15点台を出す中で12.466点にとどまった。それでも大会、選考レースを制したというところは、彼の絶対的な地力の証明だ。

 水鳥強化部長は述べる。

「本当に才能あふれる、日本が求めている美しく基本に忠実な体操ができる選手です。すべてが噛み合えば橋本大輝選手と肩を並べるような演技もできると思っています。ミスはどの試合でも出てしまっているので、そこをしっかりとクリアできれば、(6種目合計で)87点を超える得点を取れるはず。そこは(代表の)合宿など通じて、僕も一緒になってクリアできるようにしていきたい」

 岡自身は腰の状態を問われてこう語っていた。

「めっちゃ痛かったですけど、オリンピックを決めるためには最後までやらないといけない。もう、腹をくくって最後までやりました」

 あん馬の失敗についてはこう振り返る。

「そのときは『ヤバい』『やってしまったな』みたいな感じでした。でもすぐに気持ちを切り替えて、しっかりやることできました」

 岡は4日間の合計得点で2位・萱和磨に1.701差、3位・田中佑典に3.068差を維持して選考レースをトップで終えた。点差を考えれば終盤の種目で演技の難易度を落とすという選択もあり得たが、そうしなかった。155センチの20歳が「肝っ玉の大きさ」「ハートの強さ」を示した大会だった。

 所属チームである徳洲会体操クラブの米田功監督はこう明かす。

「何度も相談したんですけど、すべて却下されました。(演技の構成を変える相談をしたのは)跳馬と鉄棒ですけど『最後までやります』という言葉はずっと変わりませんでした」

 3日間の持ち点が一番高かった岡は、最終種目の鉄棒で大会の「大トリ」を務めた。まだ若く、シニアの世界大会もまだ経験していない彼にとっては大切なシミュレーションだった。

「鉄棒に関してはおそらくオリンピックでも出番が来ると思っているので、あれはいい経験になりました。最後の最後に登場した場面はすごく貴重な経験になるはずです」(米田監督)

違う強みを持ったメンバーが揃う

杉野正尭はあん馬、鉄棒への「貢献」が期待される選手 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 総合2位でパリ大会のメンバーに内定した萱和磨は、東京五輪にも参加した27歳。ミスなく安定した演技が持ち味だ。水鳥強化本部長はこう述べていた。

「本当にすごいなという一言に尽きます。4日間、大過失(1点以上の減点につながる大きなミス)を出さずやっていたのは、上位の中で彼だけです。大事な場面で、必要になってくる選手だと改めて彼を見ていて感じました。ずっと『失敗しない男』としてやってきてくれていますけど、パリでも変わらず彼が率先して、そういうところをやり切ってチームに勢いづけてほしい」

 チームへの貢献度、つまり他の3選手との補完関係で選ばれたのが杉野正尭と谷川航だ。杉野は「あん馬」「鉄棒」の2種目を期待されている。

「杉野選手はこれまでも力があったものの、あと一歩及ばない状態が何年も続いていた選手です。今回は鉄棒を4日間しっかりやり切ってくれました。あん馬は全日本で1回落ちましたけど『4分の3』(シミュレーションでは4回の演技うち、点数の高い3回が評価される)のハードルをクリアしてくれました。あん馬と鉄棒は不安定な、落下のリスクが高い種目ですが、そこで15点を取れる選手が入ってきてくれました」(水鳥強化本部長)

 谷川航について、水鳥強化本部長はこう述べる。

「3月に膝の怪我があったので、(4月の)全日本でなかなか振るわないところから、滑り込みで入ってきてくれました。今のメンバーはつり輪が全体的に弱いので、そこを補える選手として非常に重要です。跳馬、平行棒も非常に期待ができます。(杉野と谷川航は)2人が違う特徴を持っていますし、チームのバランス的にも橋本選手に負担をかけすぎずできそうです」

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著者プロフィール

1976年に神奈川県で出生し、育ちは埼玉。現在は東京都北区に在住する。早稲田大在学中にテレビ局のリサーチャーとしてスポーツ報道の現場に足を踏み入れ、世界中のスポーツと接する機会を得た。卒業後は損害保険会社、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を開始。取材対象はバスケットボールやサッカー、野球、ラグビー、ハンドボールと幅広い。2021年1月『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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