新たに6名がパリ五輪に内定した日本陸上選手権 笑顔と失意の4日間を振り返る

大島和人

大会を沸かせた800mの高校生王者

久保凛はU18日本記録も更新 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 五輪の出場権には届かなかったが、今大会を盛り上げたのは男女の800mを制した「高校生コンビ」だ。

 久保凛は「サッカー日本代表・久保建英の従妹」といて以前から話題になっていた注目株だが、同種目では8大会ぶりの高校生王者となった。決勝は1500m、5000mの日本代表に内定した田中希実と競り合って差し切る、堂々たるレースだった。

 女子800m決勝で記録した2:03.13は大会新記録で、自らが持っていた「U18日本記録」を0.37更新するもの。参加標準記録が「1:59.30」で、また日本記録(2:00.45)は2006年から更新されていない。久保には日本記録更新、2分切りの期待がかかる。

 男子800mに出場した落合晃は、準決勝、決勝とも積極的なレースを見せた。予選は1:45.82の大会新、U20日本新を記録するとともに、参加標準記録(1:44.70)にも迫る好タイムだった。しかし決勝は雨中でのレースとなり、タイムも1:46.56にとどまっている。優勝は飾ったものの、タイムを確認した彼はトラックに崩れ落ち、悔しそうに地面を叩いていた。

落合の落胆は「本気でパリを目指した」からこそ 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 しかし2人の結果、レース運びは「未来」への期待を感じる、この大会の大きな収穫だった。

 日本陸上競技連盟強化委員会シニアディレクター中長距離・マラソン担当の高岡寿成氏は大会後にこう述べている。

「私の中で印象に残っているのは男女の800mで、やはり高校生(の活躍)ですね。若い力がまた出てきたのは非常に頼もしいです。男子の800mは大会記録が更新されて、インタビューを聞いても標準記録を本当に狙っていた様子で、頼もしく、心強くもありました」

陸上は「自分との戦い」

【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 大会の取材を通して特に印象深かったレースは、男子100mの決勝だ。優勝した坂井隆一郎(10.13)から3位・桝田大輝(10.14)まで「0秒01差」という接戦で、その差が笑顔と慟哭(どうこく)の残酷な対比を生んでいた。

 28歳となった元日本記録保持者の桐生祥秀は10.26のタイムで5位にとどまり、パリの内定は得られなかった。ただベテランらしい、味のあるコメントを残していた。

「東京から色々ありながら、3年間は早かったですけど、上手くいくことってあまりなかったりして、でもそれが陸上競技だと思います。今回、個人(の代表入り)は無理ですし、リレーも分からないですけど、でもモヤモヤが何か晴れた感じです」

 幼稚園生の息子について話が及んで、桐生はこう口にしていた。

「『パパ負けたよ』って言います。でも息子にはたくさん負けて欲しいし、たくさん挫折をしてほしいですね。いいことばっかりだと、何か一つでも嫌なことがあったら立ち直れないと思うんです。今日こうやってパパは一生懸命やって、一生懸命準備したレースで負けましたけど、『パパはしっかり走ったよ』と笑顔で伝えたいなと思います」

桐生は前向きなコメントを残していた 【写真:松尾/アフロスポーツ】

 チーム競技ならば結果と喜び、悲しみはファンも含めて一つにまとまった感情になる。それは団体種目だからこその魅力だろう。

 陸上競技は「自分との戦い」で、大会に勝っても記録や内容に不満気な反応を示す選手が少なくない。逆にファウルだった跳躍から「内容」に手応えを感じる選手もいるし、敗れてもすっきりした笑顔で大会を去る選手もいる。そんな悲喜こもごもの様子やコメントから、陸上競技ならではの魅力を感じた大会だった。

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著者プロフィール

1976年に神奈川県で出生し、育ちは埼玉。現在は東京都北区に在住する。早稲田大在学中にテレビ局のリサーチャーとしてスポーツ報道の現場に足を踏み入れ、世界中のスポーツと接する機会を得た。卒業後は損害保険会社、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を開始。取材対象はバスケットボールやサッカー、野球、ラグビー、ハンドボールと幅広い。2021年1月『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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