連載:最先端レフェリング論

[金曜特別コラム]最先端レフェリング論(6) VARを陰で支える超重要人物「リプレイ・オペレーター」とは

木崎伸也

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主審が耳に手を当て、VARと交信するシーンは日常となった。この瞬間、重要な役割を担っているのがリプレイ・オペレーターだ 【(C)J.LEAGUE】

知られざるもう一人の審判員

 J1にVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)はあってあたりまえのもの――。

 今やJ1のファンやサポーターにとって、VARがない試合は「塩と胡椒のないスープ」(故イビチャ・オシムが広めたドイツのことわざ。大切なものを欠いているという意味)のように感じるのではないだろうか。

 VARがあると「重大な判定ミス」をほぼゼロにできる安心感があり、介入があったときにどんな判定が下されるのかというドキドキ感を味わうこともできる。

 だが、見落とされがちだが、VARに関する機器をセットアップしてくれる人がいるから、その恩恵を受けられるのである。

 毎試合、VARの機器を誰が整えてくれているのだろう?

 その答えは「リプレイ・オペレーター」だ。

 試合中、リプレイ・オペレーターはVARの横に座り、複数のカメラの映像からふさわしいものを選んでVARのモニターに提示するのが主な仕事だ。VARの求めに応じて、スロー再生、コマ送り、ループ再生といった設定を瞬時に変える。

 まさしく「映像再生」(リプレイ)を「操作」(オペレート)する人である。

 J1中継で試合前にVARとAVARが紹介される際、真っ暗な小部屋にいる3人の姿が一瞬映るが、そのときに右端に座っているのがリプレイ・オペレーターだ。名前は発表されないが、審判団の一員と言っていい。

 実は仕事はそれだけではない。日本の場合、リプレイ・オペレーターが「テクニカル・ギャランティー」と呼ばれる役職を兼ねており、毎試合、スタジアムでVAR機器の設置とセッティングを行なっているのだ。

 日本のリプレイ・オペレーターは全員、ソニーPCL株式会社(ソニーグループの関連会社)に所属している。同社は日本国内において、ホークアイ・イノベーションズ社(以下、ホークアイ社)が開発したVARシステムのサービス提供を行なっているからだ。ちなみにホークアイ社もソニーグループである。

 今回はソニーPCL株式会社所属のリプレイ・オペレーター、伊藤直喜氏に話を聞いた。

リプレイ・オペレーターの第一期メンバーはわずか2人

日本におけるリプレイ・オペレーター第一期メンバーの一人、伊藤直喜氏に話を聞いた 【スポーツナビ】

――まずはリプレイ・オペレーターになった経緯を教えてください。

 専門学校を卒業後、スポーツ用品やスニーカーの代理店などで社会人としてキャリアを積みながらも転職を考えている時期に、サッカーの現場に近い仕事をしたいという思いがずっとあったんですね。そんなある日、転職サイトでリプレイ・オペレーターの募集を見つけたんですよ。僕は学生時代に審判として活動しており、その経験を活かせると思って応募したところ、第一期メンバーになることができました。そのときは他に大学生のアルバイトが1人いるだけでしたが、今ではリプレイ・オペレーターは計20人になりました。

――学生審判だったんですね。転職サイトで募集を見つけたときは「これだ!」と思いましたか。

 正直に言うと、VARがまだJリーグに導入されていなかった2018年当時、VARについてあまり知識がなく、リプレイ・オペレーターという役割も知らなかったので、応募時点では何をするかを正確には把握していませんでした。とにかくおもしろそうだと思って飛び込みました。

――リプレイ・オペレーターになるために、どんな研修がありましたか?

 機材の組み立てから始まり、社内のシミュレータートレーニング、審判との合同シミュレータートレーニング、試合形式でのトレーニングといったカリキュラムがありました。それをクリアして初めて公式戦を担当できます。

キックオフ3時間前までに行われる超重要準備

オンフィールドレビューに使うモニターを設置するのも重要な役割だ 【(C)J.LEAGUE】

――試合当日はどんな仕事の流れなのでしょう?

 ご存知の方も多いと思うのですが、J1で使用されているVARシステムは専用のビデオ・オペレーション・ルーム(VOR)車に搭載されているんですね。そのVOR車が試合会場に到着するタイミング、選手がスタジアムに入るよりも数時間前に会場に入ります。

 到着してまず行うのはVOR車の電源確保。スタジアムによってさまざまで、会場の電源システムを使う場合、電源車からご提供いただく場合などがあります。

 そして車内でPCと機器を立ち上げます。VARはテレビ中継用カメラの映像を使用しているので、中継車からケーブルを引いてVARシステムに映像が届くようにします。この工程を“リプレイシステムのくみ上げ”と呼んでいます。弊社のサポートスタッフと一緒に作業します。

 次はレフェリー・レビュー・エリアにオンフィールドレビューに使うモニターを設置し、モニターからVOR車まで光ファイバーケーブルを引きます。その際、過って断線しないように人が通るところには養生します。等々力陸上競技場ではレフェリービューエリアからVOR車までの距離が比較的近いんですが、味の素スタジアムだと階段などを通って300メートルくらいの距離になります。

――そのケーブルが断線したら?

 オンフィールドレビューをできなくなってしまいます! なので絶対にトラブルがないようにしっかりと養生します。

 これでレフェリー・レビュー・エリアとVOR車がつながるので、次は審判の方が使うコミュニケーションシステムの確認をします。ピッチとVOR車が通信できるかチェックします。

 問題なければ、VARシステムのシンクテストに入ります。J1のVARでは11台または12台のカメラを使用しますが、映像がすべて同期されていないといけません。我々がピッチ脇で公式ボールを弾ませて、その様子をサポートスタッフにカメラで撮ってもらい、ボールが地面についた瞬間を基準として全台数のカメラを同期させます。

――機械が自動に合わせてくれるんですか?

 そこは手動なんです。

――アナログな部分もあるんですね。

 次はオフサイドラインを出すために、中継制作の方とオフサイドキャリブレーションという工程を行います。中継制作のカメラマンさんに9~11の決められたアングルにカメラを向けてもらいます。そうするとソフトウェアがピッチをトラッキングして、正確なオフサイドラインができあがります。

――今度はめちゃくちゃハイテクですね(笑)。

 オフサイドの精度に関わってくるので、非常に大事な工程です。いつも協力してくれる中継制作のみなさんに感謝です。これでVARのスタンバイOK。ようやくひと段落できます。だいたいキックオフの3時間前くらいに終えることが多いですね。レフェリーの方はキックオフ2時間前に来るので、それまでに準備を完了させなければなりません。

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著者プロフィール

1975年、東京都生まれ。金子達仁のスポーツライター塾を経て、2002年夏にオランダへ移住。03年から6年間、ドイツを拠点に欧州サッカーを取材した。現在は東京都在住。著書に『サッカーの見方は1日で変えられる』(東洋経済新報社)、『革命前夜』(風間八宏監督との共著、カンゼン)、『直撃 本田圭佑』(文藝春秋)など。17年4月に日本と海外をつなぐ新メディア「REALQ」(www.real-q.net)をスタートさせた。18年5月、「木崎f伸也」名義でサッカーW杯小説『アイム・ブルー』を連載開始。

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