連載:最先端レフェリング論

[金曜特別コラム]最先端レフェリング論(6) VARを陰で支える超重要人物「リプレイ・オペレーター」とは

木崎伸也

全リプレイ・オペレーターをサポートするスタッフも存在

右端に座るのがリプレイ・オペレーター。隣のVAR担当が求める映像を先読みし、適切に届けるのが重要となる 【スポーツナビ】

――一般で使われているPCでもフリーズしたり、動作が遅くなったりしますが、VARシステムでもそういうことはありますか?

 はい。いろいろな機器を使用しているので、モニターに映像が認識されないとか、映像ケーブルの不具合とか、いろいろな問題が起こります。

――それは焦りますね! そういうときはどうするんですか?

 当たり前ですがPCは言葉を話せないので、どこに原因があるかを推測して処置します。原因を探るのが一番大変なところです。

 キックオフ時間が決まっているので焦る部分もありますが、冷静に対処することが我々の教えになっています。落ち着いて、すべて任せてくださいという姿勢を保ち、臨機応変に対処しなければなりません。

――最初は映像が来ていたのに、試合直前に何かしらのタイミングでいきなり映らなくなることもあるんですか?

 はい、あります。そのときはもう試合の準備そっちのけで、VARとAVARに対してすみませんと言って席を立ち、場合によっては中継制作の方とインカムでやり取りをし、トラブルシューティングを行います。また、トラブルがあったときに再起動に近い形で立ち上げる手順があり、手順通りにやって復旧することも多いです。ただ、ちょっとしたボタンの掛け違いで画面が認識されなかったり、パフォーマンスが悪かったりすることがあるんです。車両で運搬していますので、機材への振動の影響には普段から気を配っています。

――ソフトウェアとハードウェア、両方の知識が求められるんですね。

 なので弊社では、全会場を遠隔で支援するリモートサポート業務は必ずソニーPCLスタッフが行います。J1の試合が毎節10試合あるので、そのリモートサポートスタッフ1人が遠隔で試合会場にいる全リプレイ・オペレーターをサポートするというわけです。

――VARがあって当たり前と思って試合中継を見ていましたが、使用できる状態に持っていくまでに相当な労力がかかっているんですね。ちなみに主審の方たちはそういうセッティングの大変さを知っているんでしょうか?

 おそらく知らないと思います。正確に言えば、我々はその大変さを見せてはいけないと思います。レフェリングに集中できる環境を整えるのが我々の仕事です。

――試合中はリアルタイムで物事が進んでいくので、リプレイ・オペレーターも相当な緊張感があるのでは?

 最初の頃はやっぱり大きなプレッシャーを感じていましたね。自分自身も重大な事象を見逃してしまうんじゃないか。VARさん、AVARさんが気づかず、僕も気がつかなかったらどうしようと。たとえば海外リーグでVARのハンドの見逃しがあったというニュースを見て、自分だったら気がつけたのかと考えさせられました。

 でも今は経験を積み、「なんでも来い」くらいの感覚で取り組めています。

ジャッジの見逃しが起こらないようにする最後の砦

大きな議論を呼んだ昨年のJ1昇格プレーオフ決勝でのPKの判定は、「理想のオペレーション」だったという 【(C)J.LEAGUE】

――リプレイ・オペレーターはVARから言われたことをやるだけではなく、VARやAVARが見逃しているかもしれない事象に幅広く目を光らせる役割もあるわけですね。

 そうですね。実際にVARさんからもそういうお話を頂くことがあります。「リプレイ・オペレーターも審判チームの一員だよ」と。その信頼に応えたいと思って仕事に臨んでいます。

――連載第4回で山本雄大主審にVARについてインタビューしたんですが、「リプレイ・オペレーターの腕で判断にかかる時間を10秒、15秒短縮することが可能。彼らとのコミュニケーションが非常に大事」と言っていました。VARをどうサポートしていますか?

 VARの方たちにはそれぞれ異なるスタイルがあるので、要望を理解するようにしています。たとえばVARが確認するモニターが4分割されているんですが、希望するレイアウトが人によって違うんですね。

 寄りの映像を右上に置くのがいい人もいれば、右下に置くのを好む人もいる。11台、時には12台のカメラがあるので、攻撃方向が変わったらそれに合わせてカメラアングルを切り替えるのを希望する人もいます。一方、すべてお任せという方もいます。
 VARの方が確認するモニターには、『3秒遅れの映像』が出る画面があるんですが、チェックすべき事象が起こるたびにそれをスローにするのを求める方もいます。たとえばリアルタイムでハンドの疑いがあったとき、リプレイ・オペレーターが操作して『3秒遅れの映像』を瞬時にスロー再生にする。そうするとその事象を1回でしっかり見極められます。

 経験を積み、今では自分の中で一番わかりやすいと思う映像を、指示を受ける前に画面に出すようにしています。もしかしたらVARさんがジャッジを迷うかもしれないので、1つ目を出したら、すぐ2つ目を探して用意します。常に先読みが求められます。

 ちなみに再生スピードの切り替えや、アングルの切り替えは、すべてPCのキーボードのコマンド操作で行います。ショートカットキーを打つようなイメージです。

――頭の中で同時にいろいろ考えるマルチタスクが求められるわけですね。これまでに担当して最も印象に残っている試合は何ですか?

 昨年12月2日に行われたJ1昇格プレーオフ決勝、東京ヴェルディ対清水エスパルスです。

――東京Vが96分のPKで同点に追いつき、昇格を決めた試合ですね。染野唯月選手が倒されて笛が吹かれたPKの判定は、大きな議論を引き起こしました。なぜオンフィールドレビューをしないんだという意見もありましたね。

 実を言うと、あのシーンはすぐにVARさんのモニターに複数の映像を出し、VARさんが素早くチェックをコンプリートしていました。

――VARチェックが行われたかわからないくらい早かったですもんね。

 PKの準備が整う前までに、接触のチェックやオフサイドの有無などを確認できるよう映像をVARの方へ提供することが理想のオペレーションです。

――DAZNで放送されていた「Jリーグジャッジリプレイ」でも大きく取り上げられていました。あの番組は見ていましたか?

 リプレイ・オペレーターみんな見ていました。新しくDAZNで始まった『シンレポ!』(Jリーグ審判レポート)もみんな見ています。自分が関わった試合について、どんなコメントをされるかはやっぱり気になりますね。

――リプレイ・オペレーターとして働いているのは、どんな経歴の方が多いですか?

 PCやITに詳しい経歴のメンバーもいるし、国際大会を目指している英語が堪能なメンバーもいます。今年カタールで開催された国際大会には弊社から2人が参加しました。僕のように学生時代に審判で活動していたメンバーもおり、将来的にJリーグで笛を吹くのを目指している仲間もいます。全員に共通しているのはやはりサッカーが大好きということ。僕もこの仕事を始めていろいろなスタジアムを訪れ、さらにJリーグを好きになりました。

――最後にリプレイ・オペレーターを目指す人にアドバイスをお願いします。

 どの仕事でも同じかもしれませんが、臨機応変さが大事だと思います。現場における瞬発力って言うんですかね。トラブルが起きたときにすぐに対処しなければならないですから。現場対応力が非常に求められる仕事だと思います。

<次回に続く。7/5(金)掲載予定>

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著者プロフィール

1975年、東京都生まれ。金子達仁のスポーツライター塾を経て、2002年夏にオランダへ移住。03年から6年間、ドイツを拠点に欧州サッカーを取材した。現在は東京都在住。著書に『サッカーの見方は1日で変えられる』(東洋経済新報社)、『革命前夜』(風間八宏監督との共著、カンゼン)、『直撃 本田圭佑』(文藝春秋)など。17年4月に日本と海外をつなぐ新メディア「REALQ」(www.real-q.net)をスタートさせた。18年5月、「木崎f伸也」名義でサッカーW杯小説『アイム・ブルー』を連載開始。

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