史上初となる中東でのフットボールの祭典 「異例づくめのW杯」をゆく

宇都宮徹壱

歴代大会のマスコットと今大会のエンブレムを模したモニュメント。中東初のW杯が始まる! 【宇都宮徹壱】

カタール大会が「異例づくめのW杯」である理由

 カタールのドーハ・ハマド国際空港に到着したのは、11月19日の午前5時。FIFAワールドカップ(W杯)カタール大会開幕の前日であった。

 コロナ禍以前は、トランジットでもよく利用したお馴染みの空港。しかし、3年ぶりの海外取材となると、年甲斐もなく極度の緊張感を強いられることとなった。幸い、入国審査は驚くほどスムーズで、防疫に関するチェックもなし。事前にスマートフォンにダウンロードしていた、今大会のファンID「ハヤ・カード」を提示したら、無料でメトロに乗車することもできた。

 2011年に当地で行われたアジアカップ(日本が最後にアジアの頂点に輝いた大会)では、古ぼけた路線バスにガタガタと揺られながら、スタジアムに向かったことを思い出す。たった11年前の話だ。前年にW杯開催が決まったカタールは、メトロの建設費におよそ5兆円を投下。最近の報道によれば、スタジアムの建設費やさまざまな新設のインフラなどを含めると、今大会に関する総費用は30兆円とも40兆円とも言われている。

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開幕戦が行われるアル・バイト・スタジアムにて。VIP用エントラスに集まる人々 【宇都宮徹壱】

 総面積は秋田県とほぼ同じの1万1571平方キロで、総人口はおよそ280万人(ただし9割が海外からの労働者)。これほど小さな国で、過去にW杯が開催された事例はない(第1回大会が開催されたウルグアイでも15倍の面積がある)。加えて猛暑を避けるために欧州のシーズン真っ只中の11月開幕を強行し、スタジアム建設での外国人労働者の過酷な労働が明るみになり(死者は6500人とする説もある)、性的マイノリティへの差別意識も非難の的となっている。

 私は1998年のフランス大会で初めてW杯の熱狂を現地で体験し、2002年以降は連続してAD(アクレディテーション)パスを取得する幸運に恵まれた。日本代表と同じく今回が7大会連続となるわけだが、過去のどの大会とも異なる「異例づくめのW杯」となることは間違いなさそうだ。史上初となる中東でのフットボールの祭典は、果たしてどのような大会となるのだろう?

フリーマン、ジョングク、そして大会マスコット「ライーブ」

派手な演出のセレモニーを経て、カタールvsエクアドルの開幕戦は予想外の形でスタートした 【宇都宮徹壱】

 今大会の開幕戦、カタールvsエクアドルは19時キックオフ、会場は最も北に位置し、最もアクセスが悪いとされる、アル・バイト・スタジアムである。といっても、そこは小さな国での大会。メディアの拠点となっているQNCC(カタール・ナショナル・コンベンションセンター)からは、シャトルバスで渋滞さえなければ1時間でアクセスできる。

 ちなみにアル・バイトを除けば、いずれもドーハ周辺にスタジアムが点在。したがって海外からの観戦者は、ロシア大会やブラジル大会のような長距離移動を強いられずに済む。それどころか、1日に2試合をハシゴすることだって可能だ。「試合だけを楽しむ」のなら、コンパクトなカタール大会は実に理想的かもしれない。とはいえ、W杯は「旅」の要素も楽しみのひとつ。それが明らかに欠落していることもまた、今大会が過去のW杯との大きな違いである。

 試合前に行われた、開幕式について言及しておきたい。米国人俳優のモーガン・フリーマンや、韓国の男性音楽グループ「BTS」のジョングクの登場は、日本でも話題になっていたようだ。そんな中、個人的に感動したのが、1966年イングランド大会の「ウィリー」を起点とする、歴代マスコットの巨大なマペットが登場したことだ。過去の大会をリスペクトしつつ、今大会のマスコット「ライーブ」が、ふわふわと中空に浮かびながら出現。この演出には度肝を抜かれた。

 ライーブは、カタール男性の民族衣装「トーブ」をモティーフにしている。いわゆる白装束は、中東のスタジアムではお約束だが、この試合では海老茶色のカタール代表のレプリカを着た男性の集団が目立っていた(女性の姿は見えない)。彼らはゴール裏に陣取り、肩を組んで飛び跳ねながら大声で歌っている。もちろん、誰もマスクなんかしていない。まさに今大会が「ポスト・コロナ」のW杯であることを象徴するかのような光景であった。

 派手な花火が打ち上がり、カタールのタミム・ビン・ハマド・サーニ首長による開幕宣言、そしてFIFA(国際サッカー連盟)のジャンニ・インファンティーノ会長のスピーチにつづき、いよいよカタールとエクアドルの選手たちが入場。19時にキックオフのホイッスルが鳴り響いた。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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