史上初となる中東でのフットボールの祭典 「異例づくめのW杯」をゆく

宇都宮徹壱

幻のエクアドルのゴールと「世紀の大誤審」の記憶

開始早々バレンシアのヘディングが決まったと思われたが、半自動オフサイドテクノロジーで取り消された 【Getty Images】

 問題のシーンが起こったのは、キックオフ直後の前半3分であった。FKのチャンスを得たエクアドルは、カタールGKサード・アルシーブとフェリックス・トーレスがボックス内で競り合う形になり、こぼれたボールをトーレスがバイシクルシュート。さらにエネル・バレンシアが頭で反応してネットを揺らす。

「早くも今大会初ゴールか」──。誰もがそう思った瞬間、イタリア人のダニエレ・オルサート主審はVARのジェスチャーを見せ、ほどなくしてゴール取り消しを宣言。直後のリプレー映像には、しっかりカタールの選手が残っているように見える。ふいに、20年前の日韓大会での「世紀の大誤審」の記憶が蘇った(余談ながら、この時の主審はエクアドル人だった)。

 一瞬、記者席もざわついた。しかしほどなくして、今大会から導入された「半自動オフサイドテクノロジー」による判定であることが伝わると、奇妙な安堵感が広がっていく。私自身、新しいテクノロジーの導入は承知していたが、さすがに試合開始早々に発動されるとは思わなかった。このインパクトによって「半自動オフサイドテクノロジー」は、前回大会でのVARのように定着していくのかもしれない。

 エクアドルはその後、前半13分(PK)と31分のゴールでカタールを圧倒する。決めたのは、いずれもキャプテンのバレンシア。VARによる取り消しがなければ、開幕戦でハットトリックが生まれるところであった。FIFAランキングでは、カタールの55位に対してエクアドル44位。数字以上に、南米とアジアとの実力と環境と歴史の差を感じさせる、試合内容と結果であった。

 かくして、カタールでのW杯が始まった。とはいえ開幕戦が終わっても、なかなか実感が湧いてこないのが実情。そんな違和感を抱きながら、帰路のシャトルバスを待ち続け、22時過ぎに遅い夕食をとり、へとへとになってホテルに戻り、眠い目をこすりながら原稿を書いている。この独特の疲労感は、間違いなくW杯特有のものだ。

 当連載では「異例づくめのW杯」について、スタジアムでの白熱したゲームのみならず、スタジアム外でのさまざまな発見を交えながら、現地の様子を伝えてゆくことにしたい。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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