[連載小説]アイム・ブルー(I’m BLUE) 第11話 キャプテン丈一の動揺

木崎f伸也
サッカー日本代表のフィクション小説『I'm BLUE(アイム・ブルー)』の続編が決定!
これを記念して、4年前にスポーツナビアプリ限定で配信された前作をWEB版でも全話公開いたします(毎日1話ずつ公開予定)。

木崎f伸也、初のフィクション小説。
イラストは人気サッカー漫画『GIANT KILLING』のツジトモが描き下ろし。
 都内のホテルをバスで出発し、2030年W杯・日本代表候補26人を乗せたバスが西が丘のトレーニングセンターに到着した。監督が代わってから初の練習だ。

 軽いフィジカルメニューを済ませると、ノイマン新監督は手帳を取り出してメニューを確認した。やはり銀行マンのような髪型と眼鏡で、ジャージや緑の芝生と似合わない。

「まずはウォーミングアップとして、オラルが好んでやっていたなじみのメニューから始めよう」

【(C)ツジトモ】

 オラル前監督は6本のポールを六角形の形に立てて、選手が1タッチでパスを回すメニューを好んでいた。パスを出したら必ず隣の頂点に移動するのがルールで、「立ち止まらず早く攻める」という狙いが込められていた。

 ユベンテスの上原丈一は、アヤッフスの今関隆史、東京ヴァッカルの小高有芯と同じ組になった。パスを回していると、今関が「オラル時代は1タッチの練習ばっかだったよな」と愚痴を漏らした。

「1タッチってプレースピードを上げる効果はあるけど、選手の判断を奪うっていうデメリットもあるでしょ。試合では溜めをつくるのが大事なときもある。1タッチの練習ばかりじゃ、そういう判断ができなくなるよねぇ」

 選択肢を持った上で、結果的に1タッチを選ぶのなら問題ないが、練習で1タッチ限定にすると駆け引きの感覚が鈍ってしまう。思考する習慣がなくなってしまうのだ。だからバルサロナの下部組織では、基本的にタッチ数はフリーで、1タッチ限定の練習はほぼない。それに対して、オラル時代は1タッチ限定の練習ばかりだった。

 有芯は勘がいい。すぐに今関の言いたいことを読み取った。

「その結果、攻撃にリズムの変化がなくなるってことですね。オラルジャパンって攻撃単調だったもんなぁ。あ、トップ下で先発していたゼキさんを責めているわけじゃないですからね」

 今関がイラっとして返した。

「おいおい、俺はチームのことを思って、監督に戦術変更を提案したことがあるんだぜ。まさかそれで代表から外されるとは思わなかったけどな。結局、選手を信用してなかったんだと思うよ。選手にリズムを変えるセンスなんて求めてなかったんだろ」

 丈一はあえて会話から距離を置いた。キャプテンという立場を忘れて、監督批判に加担してしまいそうな自分がいたからだ。


 オラルはミーティングでヨーロッパのトップクラブの映像を見せて、「こうプレーしろ」と要求するものの、細かい具体的な指示がほとんどなかった。練習では1タッチ限定のメニューばかりで、試合になると「前に蹴れ」としか言わない。

 笑い話がある。欧州サッカー界で、縦に速い攻撃といえばリゴプールが有名だ。オラルは手本としてふさわしいと考えたのだろう。

 だが、日本代表のミーティングでイングランドの試合を流したところ、リゴプールがゆっくりパスを回してチャンスを作るシーンが次々に出てきた。すかさず今関が「前に蹴ってばかりじゃないじゃん!」と突っ込んだ。

 リゴプール所属の高木陽介は苦笑いした。

「当たり前だろ。横につなぐ力があるからこそ、相手の意識がそっちに引っ張られて、縦に出したときに効くんだ。駆け引きしないで縦にしか出さなかったら、今から殴りますよと宣言してパンチを出すようなものだ」

 映像が流れる薄暗いミーティングルームで、選手たちは笑いをこらえた。W杯予選の途中から、オラルに細かい指示を期待する選手はいなくなった。情熱はあるが、理論が乏しい。

 それに対して、後任者のノイマンはドルトムンテを欧州準王者に導いた、ドイツきっての戦術家だ。「ドクター・ノイマン」と呼ばれる男は、どんな練習をするのか? 丈一は将来監督になりたいと考えていることもあって、最先端のメニューを楽しみにしていた。

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著者プロフィール

1975年、東京都生まれ。金子達仁のスポーツライター塾を経て、2002年夏にオランダへ移住。03年から6年間、ドイツを拠点に欧州サッカーを取材した。現在は東京都在住。著書に『サッカーの見方は1日で変えられる』(東洋経済新報社)、『革命前夜』(風間八宏監督との共著、カンゼン)、『直撃 本田圭佑』(文藝春秋)など。17年4月に日本と海外をつなぐ新メディア「REALQ」(www.real-q.net)をスタートさせた。18年5月、「木崎f伸也」名義でサッカーW杯小説『アイム・ブルー』を連載開始

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