[連載小説]アイム・ブルー(I’m BLUE) 第11話 キャプテン丈一の動揺
「よし、ここからはゲーム形式の練習だ。まずはフィールドプレーヤー4人とGKが組んで、5対5のゲームをやる。これもすべて1タッチだ」
【(C)ツジトモ】
しかしその失望は、すぐに不安混じりの驚きに変わった。ノイマンが指定した場所が、ピッチ全体の半分だったからだ。横68、縦52メートル。いわゆるハーフコート、敵陣もしくは自陣の広さである。片方のゴールは通常の位置に置かれ、片方はセンターラインのところに置かれている。1タッチ限定でプレーするには、あまりにも広い。
今関が丈一に耳打ちしてきた。
「おいおい、こんな広いエリアにたった4人で、しかも1タッチ限定だったら、めっちゃ走るじゃん。少しでもサボったら、すぐにパスコースがなくなるぜ」
その通りだ。1タッチなので、ドリブルもキープもできない。大げさに言えば、ずっとワンツーパスを繰り返す感じだ。丈一もキツイと思いながらも、今関を励ました。
「走れねえやつは、ボールに触る権利がないってことだろ。無茶振りだけど、楽しむしかねえな」
ノイマンが手帳を見ながらグループ分けを読み上げ、丈一は有芯、今関、高木との4人組になった。相手はマンチェスター・ユニティのFW松森虎、SC東京のMFマルシオ、柏ソラーレのMFグーチャン、ASミランの秋山大の4人だ。
両チームともに技術が高く、パスを受ける選手の周りに他の3人が走り込んで、1タッチのパスが途切れない。だが、パスコースをつくるために一瞬たりとも立ち止まることが許されないので、30秒も経たないうちに全員の息があがり始めた。
1分やって1分休み、それを5セット。スプリントの連続が苦手な丈一は、給水タイムで膝に手をついた。
「これが本場のパワーフットボールってやつですかねぇ」
18歳の有芯も息があがっている。
給水タイムが終わると、ノイマンは選手の疲労を無視するかのように、さらにハードなメニューを用意した。ホワイトボードをピッチに持ち込み、マグネットを4バックの形に並べた。
「これから8対4の練習を行う。8人による攻撃を、4バックのみで守る練習だ。最初の4バックは、左から丈一、有芯、高木、今関。ここからタッチ数はフリーにする」
【(C)ツジトモ】
まず8人の攻撃を、たった4人で守るということ。圧倒的に数的不利だ。もう1つは、FWの丈一が左サイドバックに、トップ下の今関が右サイドバックに置かれたこと。有芯と高木にしても本職はMFだ。つまり本職のDFが1人もいない。守れるはずがない。
“シロウトDF”の4人に、ノイマンが指示を出した。
「まずはペナルティーエリアの幅に、4人が等間隔で配置につけ。そしてボールが動くごとに、4人が等間隔を保って左右にスライドする。1人がボールを取りに出たら、3人は後ろで互いの距離を絞って穴をふさげ。1本の生きた鎖になるんだ」
ゲームが始まると、攻撃側の8人はホワイトボードが示した通り、「3トップ」+「トップ下」+「ダブルボランチ」+「両サイドバック」の形に並んだ。これを4人で守らなければならない。
急造4バックはあっという間に丈一側のサイドを突破され、ゴールを許した。するとノイマンが付け加えた。
「ここから1失点するごとに腕立て5回だ」
今関が「軍隊かよ」と毒づいたが、横にいる3人にはもはや反応する余裕はない。必死に左右にスライドして突破を阻もうとするが、後ろからオーバーラップしてきた選手を捕まえられず、また簡単に失点した。腕立て5回。息があがっているので、たった5回でも体にこたえる。
ノイマンは冷淡に告げた。
「ドルトムンテの選手なら、2分間は持ちこたえるぞ。相手の裏へ抜ける動きに対しては、オフサイドを巧みに使え。もし裏へ抜けた選手について行ったら、他の3人がボール近くに鎖を張るんだ。究極のスライドとカバーリングを実現しろ」
罰ゲームのやりすぎで腕が上がらなくなったころ、ようやく別グループが4バックに入った。
「オラルの方がマシだったんじゃね?」
今関の愚痴に、丈一は今度こそうなずきそうになったが、ぎりぎりのところで踏みとどまった。
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【もくじ】
第1章 崩壊――監督と選手の間で起こったこと
第2章 予兆――新監督がもたらした違和感
第3章 分離――チーム内のヒエラルキーがもたらしたもの
第4章 鳴動――チームが壊れるとき
第5章 結束――もう一度、青く
第6章 革新――すべてを、青く
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