[連載小説]アイム・ブルー(I’m BLUE) 第1話 VRルームの18歳
これを記念して、4年前にスポーツナビアプリ限定で配信された前作をWEB版でも全話公開いたします(本日より毎日1話ずつ公開予定)。人気サッカー漫画『GIANT KILLING』のツジトモが描き下ろしたイラストも見ごたえたっぷり! ぜひ、新シリーズの予習として前作をお楽しみください。
日本サッカー界は成長し続けているのか――。
舞台は2030年、ワールドカップに臨む日本代表は混乱のさなかにあった。遠慮、確執、齟齬(そご)、断絶……。選手たちの正義がぶつかり合う中、日本人のアイデンティティーに最も適したチーム作りは実現するのか!?
木崎f伸也、初のフィクション小説。イラストは人気サッカー漫画『GIANT KILLING』のツジトモが描き下ろし。
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【(C)ツジトモ】
すでに21時をすぎ、東京ヴァッカルのクラブハウスには他に誰もいない。デジタルルームだけに明かりがともり、無機質な自動ガイダンスの音声が響き渡った。
「ユーシン、あなたの参加する試合を選んでください」
このVRシステムが、日本リーグの全クラブに導入されたのは2、3年前のことだ。自分で好きな試合を選び、好きなポジションでプレーすることができる。
有芯。同級生を見渡しても、珍しい名だ。「芯が有る人間に育ってほしい」という両親の思いが込められている。新宿で小さな商店を営む両親のもと、自由な環境で育った。
「視力が落ちる」という理由でVRを禁止する家庭が多い中、だから好きなだけVRに興じることができた。ヘッドギアの装着は慣れたものだ。留め具から溢れ出るアフロヘアを整えながら、有芯は自分が生まれる6年前の試合を指定した。
「2006年W杯、日本対ブラジルをよろしく。日本が1対4で負けちゃって、カリスマ選手が引退した試合らしいけど、ブラジルとのシミュレーションとしては最適でしょ」
スペイン・ポルトガル共催の2030年W杯において、日本はブラジル、スウェーデンと同組に入った。2026年W杯から出場国数が1.5倍に増え、48カ国が16組に分かれて戦う仕組みになっている。決勝トーナメントに進めるのは各組1位のみ。つまり日本はブラジルを上回らなければならない。だから有芯は、せめて仮想現実の中でブラジル戦を味わっておきたかったのだ。
VRのガイダンスの「承知しました」という声が流れると、ヘッドギアの画面にピッチが映し出された。ボランチのポジションを選ぶと、テレビでよく見る元日本代表選手たちのホログラムが周りに浮き出た。ユニホームの色はもちろんブルー。その向こうにはカナリア軍団の英雄、ロナウト、ロナウジーノ、カガが見えた。
VR技術は2010年代の後半からサッカーへの応用が始まり、2017年にイングランドの名門アーソナルがオランダのビヨント・スポーツの製品をいち早く導入した。当初は「ゲーム酔いする」という苦情が選手たちから噴出したが、のちにトレッドミルのような全方向に動く床が導入され、さらに障壁により接触プレーが再現されると、一気にサッカー界に広まった。
「いつかユースの選手が、トップチームの試合を仮想体験できるようになる」
そんな開発者の予想が、2030年には現実のものになったのだ。有芯のようなプロデビュー2年目の18歳が、ロナウトのスピードを追体験できるようになった。
VRの中で、日本対ブラジルが始まった。
「やっぱ黄金世代、レベル高けぇ。足元にくるパスの質がヤバイ。みんなで踊ってるみたいで気持ちいいぞ」
有芯は2006年の日本代表の技術に驚いた。パスを受けるために動き出すと、やさしい回転で足元にドンピシャでボールが来る。守備組織という点では荒っぽさが目立つが、一人ひとりのアスリートとしての能力も高い。
ただ、試合中にふとベンチを見て、違和感を覚えた。
「控え選手、つまらなそうな顔してるな。出てる選手とベンチの選手の一体感を感じない。モメてたのかな」
それでもピッチの中では、日本はブラジルと互角の勝負を繰り広げていた。有芯は相手の甘いチェックをかいくぐってドリブルで持ち上がり、敵を引きつけてスルーパスを出した。この試合で引退することになるレジェンドが走り込み、ノートラップで足を振り抜き、先制点を決めた。
90分のセッションを終えると、有芯はヘッドギアを置き、アフロヘアについた汗を両手で振り払った。画面には「日本1−0ブラジル」と映し出されている。レジェンドが決めた先制点を、有芯を中心にのらりくらりパスを回して、うまく時間を使って守り切ったのだ。
「日本代表監督のオラルさぁーん、俺を使ったらブラジルに勝てますよー、なんてね」