[連載小説]アイム・ブルー(I’m BLUE) 第1話 VRルームの18歳

木崎f伸也

【(C)ツジトモ】

 有芯は2029年11月にA代表デビューしたばかりで、出場数はまだ「2」しかない。だが、ドイツ人のメーメット・オラル監督は若手を好んで起用しており、W杯メンバーに選ばれるのは間違いないと報じられていた。

 水を飲むと、再びヘッドギアをはめた。

「さあガイダンスさん、次は2014年W杯の日本対コートジボワールをよろしく。確かこれは1対2の逆転負けだったかな。当時の代表選手のみなさん、俺が代わりにリベンジしておきます!」

 すでに1試合シミュレーションをして疲れているため、有芯は早送りして後半からゲームを始めた。

 パスの質は2006年のチームに比べると少し落ちるものの、全員で守備をする献身さがあり、チームとしてまとまっている。8年間で日本サッカーは随分と戦術的に洗練されていた。

 しかし、2006年とは別の部分で違和感を覚えた。中心選手に対して、若手が遠慮している感じがしたのだ。中心選手がミスをしても、「何をやっているんだ」と怒る若手がいない。若手が大人しくて、ふてぶてしさが足りない。

「若手がビビってるなぁ。『ブルー』を身にまとうイメージをちゃんと持ってたのか? もっと不謹慎でいいのに。中心選手に気を遣いすぎてる。ん? これって俺たちの代表にも同じことが言えるかも?」

 一瞬、有芯の頭の中に、ユベンテスの上原丈一のことが頭に浮かんだ。オラルジャパンのキャプテンだ。だがVRの中に大物が登場し、すぐにゲームの世界に引き戻された。

 後半17分、ドログパが途中出場でピッチに現れたのだ。身長189センチ、やはりデカい。

 実際の試合ではここから流れが変わり、2分後と4分後にゴールを決められ、ドログパの出場からわずか4分間で日本は逆転されてしまう――有芯はそれを予備知識として知っていた。

「俺ももう疲れてるし、あのデカさを相手にする余裕はない」

 VRとはいえ、走ったり、ぶつかったりするので、実際の試合のように体力を消耗する。有芯はすでにバテていた。そろそろ切り上げよう。それにW杯における日本代表の“空気”を知るという目的は、もう果たした。

「やっぱ日本代表って、いつの時代も一番大事なことを忘れてるんじゃね?」

 そんなことを考えているうちに、いいアイデアが頭に浮かんだ。

 日本のゴール前にロングボールが送られ、ドログパが高さを生かして胸でトラップしようとした。その瞬間、有芯はジャンプして、ドログパの背中に飛び蹴りを食らわした。

「リベンジ!」

 ホイッスルが鳴り響き、有芯は一発退場になった。

 まだ、無邪気な18歳である。ラフプレーが多い選手を事前に発見するために、VRの全データが日本サッカー連盟に転送されていることを知らなかった。これで有芯はブラックリスト入りだ。

 そして知らない。VRトレーニングに興じているとき、オラル監督が母国で事故に巻き込まれ、死の淵をさまよっていたことを――。

※リンク先は外部サイトの場合があります

新章を加え、大幅加筆して、書籍化!

【講談社】

80%の事実と20%の創作――。

代表チームのキーマンに食い込み、ディープな取材を続ける気鋭のジャーナリストが、フィクションだから描き出せた「勝敗を超えた真相」――。

【もくじ】
第1章 崩壊――監督と選手の間で起こったこと
第2章 予兆――新監督がもたらした違和感
第3章 分離――チーム内のヒエラルキーがもたらしたもの
第4章 鳴動――チームが壊れるとき
第5章 結束――もう一度、青く
第6章 革新――すべてを、青く

2/2ページ

著者プロフィール

1975年、東京都生まれ。金子達仁のスポーツライター塾を経て、2002年夏にオランダへ移住。03年から6年間、ドイツを拠点に欧州サッカーを取材した。現在は東京都在住。著書に『サッカーの見方は1日で変えられる』(東洋経済新報社)、『革命前夜』(風間八宏監督との共著、カンゼン)、『直撃 本田圭佑』(文藝春秋)など。17年4月に日本と海外をつなぐ新メディア「REALQ」(www.real-q.net)をスタートさせた。18年5月、「木崎f伸也」名義でサッカーW杯小説『アイム・ブルー』を連載開始

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント