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青学を辞め独立L入り、鈴木駿輔の挑戦
ドラフト候補に成長した男の決断に迫る

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野球の英才教育を受けて育つ

青学を2年で辞めて福島レッドホープスに入団する異色の経歴をたどっているのが福島レッドホープス・鈴木駿輔だ
青学を2年で辞めて福島レッドホープスに入団する異色の経歴をたどっているのが福島レッドホープス・鈴木駿輔だ【写真提供:福島レッドホープス】

 青山学院大学の野球部を2年で中退し、独立リーグに進む。そんな選択を下そうとしたら、おそらく周囲のほとんどから止められるだろう。


 青学は2015年春から東都大学リーグ2部に降格したままとはいえ、リーグ優勝12度の名門だ。対して独立リーグは月給10万円程度をもらえるが、職場として恵まれた環境ではない。さらに言えば、「大卒」の資格をとってからでも決して遅くないだろう。


「いろいろ否定されたり、反対されたりしました」


 20歳の頃に下した、青学を2年で辞めてBCリーグの福島レッドホープスに入団するという決断を、右腕投手の鈴木駿輔はそう振り返る。


 それから2シーズンが経ち、子どもの頃からの夢を実現できそうなところまでたどり着いた。独立リーグで実戦を重ねて成長し、同世代の木澤尚文(慶應義塾大学)や早川隆久(早稲田大学)と同じく2020年のドラフト候補に挙げられるようになったのだ。


「大卒を捨ててまで独立リーグに来た意味をすごく考えながらやってきました。絶対NPBに行くしかないという覚悟を持ってきたので」


 現在22歳の鈴木は東京に生まれ、幼少の頃から両親に英才教育を施された。高橋慶彦(元広島)や西本聖、大久保博元(ともに元巨人)ら計8人の元プロから個人的に指導を受け、両親は月15万円の野球教育費をかけたという。


「自分は長男で、何としてもプロ野球選手になってほしいと期待されていました。誰よりも、いい道筋をつくってもらったというのがあります」


 セレクションを受け、福島の名門・聖光学院高校に特待生で入学。2016年夏の甲子園には4番・投手として出場し、ベスト8進出に貢献した。

主戦として起用され続けるも…

 卒業後の進路を青学に決めたのは、同校の善波厚司監督の存在が大きかった。中学時代に所属していた麻生ボーイズには、善波監督の息子も所属していた。


「善波監督は社会人まで野球をやられて、勉強になるところがたくさんありました。中学を卒業してからもずっとコミュニケーションをとらせてもらっていました」


“戦国”と言われる東都大学リーグは2部でも一定のレベルにあるなか、鈴木は1年秋から先発登板の機会を与えられた。2年時は春秋のシーズンともに主力としてフル回転している。


 二刀流としても注目されるなか、鈴木の周りではさまざまな変化が起こっていた。1年目のリーグ戦を終えた2017年11月、青学で3度の全国優勝歴を誇る名将・河原井正雄監督が2部に沈んだチームを立て直すべく、3年ぶりの復帰が決定。その裏で、善波監督はコーチ降格となった。


 鈴木は河原井監督の下でも起用され続けた一方、心が揺れ動いていた。


「なんで監督が代わったのか、少しずつ不信感がたまっていきました。その中で、自分は何のために2部リーグでやっているのかと感じるようになっていきました。社会人の東芝やホンダに進んだ4年生の先輩が抜けて、目標とする選手がいなくなったというか」


 いわゆる、燃え尽き症候群だった。


「高校時代は(指導者に)縛られてやっていたなか、大学でいざ開放されると、野球で入ってきたにもかかわらず、(大学生活や遊びなど)違うことに目を向けてしまったり。自分の悪いところが出てきてしまって。そういうことも考えたら、BCに行くほうが自分のためだし、NPBに近づけるのではと思いました」


 2018年秋のリーグ戦を終え、2019年を迎えた頃から熟考し、2月には青学を辞めることを決断。3月31日に退学届を提出した。

中島大輔

1979年埼玉県生まれ。上智大学在学中からスポーツライター、編集者として活動。05年夏、セルティックの中村俊輔を追い掛けてスコットランドに渡り、4年間密着取材。帰国後は主に野球を取材。新著に『プロ野球 FA宣言の闇』。2013年から中南米野球の取材を行い、2017年に上梓した『中南米野球はなぜ強いのか』(ともに亜紀書房)がミズノスポーツライター賞の優秀賞。その他の著書に『野球消滅』(新潮新書)と『人を育てる名監督の教え』(双葉社)がある。

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