連載:キズナ〜選手と大切な人との物語〜

体操男子期待の星・萱和磨が世界選手権前に母親へ誓った約束

矢内由美子

リオ五輪での代表落ちから再躍進した萱和磨を支えた家族

2020年東京五輪出場を目指す体操男子期待の星・萱和磨 【佐野美樹】

 2020年東京五輪で金メダルを狙う体操ニッポン。その中心を担う選手として期待を高めているのが、順天堂大学4年生の萱和磨(かや・かずま)だ。

 世界大会に初出場した2015年の世界選手権(英国・グラスゴー)で、37年ぶりの団体総合金メダルに貢献し、種目別あん馬では銅メダルを獲得。勢いある演技で個人総合決勝にも進み、一躍、名を上げた。

 しかし、翌2016年のリオデジャネイロ五輪は僅差で代表落ちし、これ以上ない悔しさを味わった。補欠として帯同したリオ五輪で団体金メダルに沸く仲間たちを見つめ、4年後には必ずその場に自分が立っていようと誓ってから2年――萱は2018年の世界選手権(カタール・ドーハ)で見事に団体メンバーに復活し、個人総合で日本選手最上位の6位入賞を果たした。
 再躍進の陰にあったのは母・恵子さんの支えだった。萱と恵子さんを取材すると、そこには目に見えない強いキズナがあった。

 1996年11月19日、萱は千葉県千葉市で生まれた。恵子さんが当時を振り返る。

「小さい頃は身体が弱くて、すぐに熱を出す子どもでした。おとなしい性格で、引っ込み思案で泣き虫。だから何かスポーツをさせたいと思って、いろいろなスポーツを見せたりさせたりしていました」

 通っていた幼稚園では、英語やリトミック、水泳など、いろいろなことをやっていた。それとは別にサッカー教室にも通っていた。小学校に入学してからは空手、ダンス、柔道、野球などの見学にも行った。しかし、萱はどれにも関心を示さなかった。

きっかけはアテネ五輪。小学2年生で出会った体操

インタビュー取材は、萱和磨が日々、汗を流し、技を磨いている順天堂大学の体育館で行われた 【佐野美樹】

“運命の出会い”が訪れたのは小学2年生の夏だ。2004年8月に行われていたアテネ五輪。テレビで見た冨田洋之さんの姿に心を奪われた。

「体操をやりたい」

 恵子さんが急いで教室を探すと、近くに体操クラブがあった。千葉県は体操王国だったのだ。

 萱は見学に行ったその日のうちに体操クラブに通うことを決めた。すると、みるみる性格が変わっていった。体操に出会う前後の変化について、恵子さんはこのように語る。

「大会で優勝すると学校の先生が『賞状を持ってきてね』と言ってくれて、学校で紹介されたり、体育の授業でお手本をやるようになったり。それまでは、内気だった和磨がガラッと変わりました。体操がなければ今の和磨ではない、別の和磨になっていたと思います」

 体操が楽しくてしょうがないから毎日、練習に行きたい。だから風邪はひきたくない。体操がうまくなるためには好き嫌いすることなく、たくさん食べて大きくならないといけない。どんどん活発になっていく萱の様子に目を細めながら、恵子さんは「体操」を巧みに使いつつ、しつけをしていった。

 あいさつなどの礼儀や、友だちの家に上がるときに靴をきちんとそろえることなどはもちろん、箸の持ち方ひとつについても「将来、体操で世界に行ったり、テレビに出たりしたら、そういうところも見られるのよ。だからきちんとしてね」と言い聞かせたともいう。時には「悪いことをしたら練習に行かせないわよ」と言ったとも教えてくれた。

 効き目の大きさは、萱も認めるところだった。

「小学生の頃の練習は厳しかったので、中にはちょっとサボりたいと思う子もいたのですが、僕はそうは思わなかったですね。やっぱり練習を休んだらうまくなれないと思っていたので、風邪をひかないようにとか、たくさん食べるとか、そういうことを心掛けていました」

 性格的にも体操はマイペースな萱に向いていた。

「小学生の頃の僕は、身体を動かすことは好きだったし、運動神経は良いと言われていた覚えはあるのですが、例えばサッカーのような団体競技は積極性がなくて向いていませんでした」

 だが、体操は違った。

「僕はもともと登り棒やうんてい、鉄棒などが好きだったんです。高いところに登ってジャンプするのも好き。だから、たまたまアテネの体操を見て、何かビビッとくるものがあったのかなと思います」

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著者プロフィール

北海道生まれ。北海道大卒業後にスポーツニッポン新聞社に入社し、五輪、サッカーなどを担当。06年に退社し、以後フリーランスとして活動。Jリーグ浦和レッズオフィシャルメディア『REDS TOMORROW』編集長を務める。近著に『ザック・ジャパンの流儀』(学研新書)

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