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中京記念◎戦法丸ミエノサクシード
「競馬巴投げ!第173回」1万円馬券勝負

夏の甲子園は第100回、ダービーは第85回

[写真1]アメリカズカップ
[写真1]アメリカズカップ【写真:乗峯栄一】

 全国高校野球選手権(夏の甲子園)は今年第100回を迎えるという。


 高校野球選手権は第100回なのに、日本ダービーは今年まだ第85回だということだ。ぼくの場合、高校野球第100回はたぶん見れるだろうが、ダービー第100回は見られるかどうか、微妙だ(既に酒のために肝臓がかなりやられて来ている)。なぜこんなことになったんだろう。


 あまり知られていないが、高校野球選手権と競馬は深い関係がある。高校野球選手権は1915年(大正4年)に始まる(厳密に毎年行われていれば、今年で第104回になるはずだが、米騒動による中止が1回、戦争による中止が3回ある)。甲子園球場が出来たのは1924年(大正13年)、60年単位の旧こよみで最初の年の甲(きのえ)子(ね)にあたるために「甲子園」と名付けられた。ではその間の9年間はどこでやっていたのか。


 第1回、第2回は現在の阪急豊中駅と千里川に挟まれた「豊中グラウンド」(わたくしごとだが、うちのすぐ近所だ)で行われた(今はモニュメントだけが建っている)。


 先日、わざわざ住宅街の中を分け入って、その写真を撮ってきた。豊中駅にはもちろんしょっちゅう行くが、駅の西の住宅街にはめったに行くことがない。また、第一回中等学校野球大会に出場した百十数歳のおじいちゃんたちが、記念野球をするとかなら見に行ってもいいが、そんなことは人間の寿命上、あり得ないし、またグラウンドの影も形もなく、ただレリーフがあるだけということだからだ。

[番外写真1]高校野球夢の跡
[番外写真1]高校野球夢の跡【写真:乗峯栄一】

 豊中市民として、第1回高校野球選手権の行われた場所と、そして、全然関係ないが、現在、豊中で全国的に最も有名な森友学園の夢の跡は見ておくべきだと思った。

[番外写真2]森友学園夢の跡
[番外写真2]森友学園夢の跡【写真:乗峯栄一】

[番外写真1は阪急豊中駅西の高校野球夢の跡・写真2は豊中市服部にある森友学園夢の跡]

高校野球は、最初はいわば競馬場の店子だったんだぞ

[写真2]ウインガニオン
[写真2]ウインガニオン【写真:乗峯栄一】

 第3回から第9回までは西宮市の鳴尾競馬場の馬場内に野球グラウンドが二面作られて、そこで行われた。


 嘘じゃない。競馬場の内馬場で高校野球選手権が行われたのである。あの「鳴尾記念」のレース名だけに名残りを残す鳴尾競馬場内で高校野球が行われた。鳴尾競馬場は1907年(明治40年)に出来た。松戸競馬場(中山競馬場の移転前)、目黒競馬場(東京競馬場の移転前)建設とほぼ同期である。ただ違うのは、鳴尾競馬場の内馬場では既に人気の(当時はプロ野球などなかったから)中等学校野球選手権・第3回が行われていた。


 悔しくなかったのか。「うちも競馬日本選手権(ダービー)をやろう」と思わなかったのか。純粋ピュアの塊りのように言われている高校野球は、最初はいわば競馬場の店子だったんだぞ。競馬が大家で、高校野球が店子だったんだ。


「高校野球やりたいの? あの球遊びのようなやつ? まあ、うち(競馬場)の内側は広いから使わせてあげてもいいけど」という感じだったんだ。


 それが、ただ“カネが賭けられている”というだけで、高校野球は毎日、スポーツニュースで大放送、競馬はダービーや天皇賞で1分程度の放送だ。


 鳴尾競馬場さえ、そのとき目覚めていれば、日本ダービーも今年でもう第97回だったんだ。いやいや、平安時代に始まったと言われる「賀茂の競べ馬」なんか、もうちょっと接尾語を付けて「賀茂の競べ馬選手権」さえ名付けられていれば、少なくとも「第1200回競べ馬選手権」と言われていたはずなのだ。

これこそ“統合型リゾート・IR”

 阪急西宮北口のすぐ南には、20年ぐらい前まで西宮球場があり、普通は阪急ブレーブス主催の野球をやり、野球のないときは人工の木製バンクを作り上げて競輪をやった。


 でも鳴尾競馬場は、競馬やりながら、同時に高校野球選手権が出来たのだ。競馬はもちろん馬券を売るが、諸般の事情が許すようなら“高校野球券”だって売れなくはない。純粋無垢な高校野球に対して何てことを言うんだという人が多ければ、プロ野球を馬場内でやってもいい。これこそ“統合型リゾート・IR”ではないか。


 鳴尾競馬場は、終戦近くになって「ゼロ戦」に代わる強力戦闘機「紫電改」を作らねばならないという軍の命によって、試験滑走路として倒壊させられてしまった。その紫電改を作っていたのは、いま阪神競馬場と武庫川の間にひっそりと工場が建っている「新明和(旧名・川西飛行機)」だ。戦後、鳴尾競馬場に代わる競馬場用地はないかと探していたときに「うちの工場跡地はどうでしょうか」と申し出たのも「新明和」である。この話を知ったとき、「この工場、邪魔やなあ。どこかに移転すれば、阪神競馬場、もっとゆったり出来るのに」と思っていた自分を恥じた。


 ただ、鳴尾競馬場の内馬場でやっていた高校野球選手権がもう第100回、その高校野球選手権に場所を貸していた、大家の方の競馬会の日本ダービーがまだ第85回というがどうも釈然としない。この際、月一回ぐらい日本ダービーをやって、一気に高校野球に追いつくというのはどうなんだろうか。

乗峯栄一
乗峯栄一
 1955年岡山県生まれ。文筆業。92年「奈良林さんのアドバイス」で「小説新潮」新人賞佳作受賞。98年「なにわ忠臣蔵伝説」で朝日新人文学賞受賞。92年より大阪スポニチで競馬コラム連載中で、そのせいで折あらば栗東トレセンに出向いている。著書に「なにわ忠臣蔵伝説」(朝日出版社)「いつかバラの花咲く馬券を」(アールズ出版)等。ブログ「乗峯栄一のトレセン・リポート」

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