“原点”の釜石で引退したレジェンド
「伊藤剛臣はラグビーを愛しています」
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“ブレイブ・ブロッサムズ”と称賛されたW杯

日本代表としても活躍した伊藤剛臣氏。大きめのジャージと大きなストライドが特徴でした
日本代表としても活躍した伊藤剛臣氏。大きめのジャージと大きなストライドが特徴でした【写真:築田純/アフロスポーツ】

 日本ラグビー界のレジェンドであり、鉄人の中の鉄人。それが伊藤剛臣だ。法大、神戸製鋼で日本一に輝き、特大ストライドを生かした鋭いアタック、闘志を前面に出したタックルで活躍。ワールドカップには15人制、7人制とも2度ずつ出場し、30以上の国と対戦。日本代表を退いた後も、釜石シーウェイブスで46歳までプレーを続けた。鉄人が体験した、そして魅了されたラグビーの魅力とは?


――シックス・ネーションズ(欧州6カ国対抗戦)がたけなわですが、長いキャリアを重ねてきた伊藤さんは、対戦経験もたくさんありますね。


 スコットランド、フランスとは2003年のワールドカップで対戦しましたし、ウェールズとは1999年のワールドカップで、アイルランドとは2000年に遠征で、2005年に向こうが来日したときも対戦しました。


――その中で印象に残っている試合は。


 まず、2003年のスコットランド戦ですね。僕にとっては2回目のワールドカップだったのですが、1999年は3試合ともリザーブからの出場だったので、ワールドカップの試合で先発したのは初めてだったんです。

 僕にとってはちょうど50キャップ目だったし、試合も後半20分過ぎまでどちらが勝つかわからない試合ができた。みんな頭からタックルに行って、すごい試合ができました。


 最後は11対32で負けたのですが、海外のメディアからも称賛されました。日本代表はエンブレムが桜の花なので、それまで海外のメディアからは“チェリー・ブロッサムズ”と呼ばれていたんですが、このスコットランド戦の日本代表の戦いを見た現地の新聞が『コイツらは“ブレイブ・ブロッサムズ”だ。“勇敢な桜”と呼ぼう』と見出しを打って、それが今のジャパンのニックネームになったんです。うれしかったですね。

「シャバルのタックルは死ぬかと…」

忘れられない一戦となった2003年ワールドカップのフランス戦
忘れられない一戦となった2003年ワールドカップのフランス戦【写真:アフロスポーツ】

――通算62キャップの伊藤さんですが、ワールドカップはやはり特別なものですか。


 特別ですね。やはり、ラグビー界で最高の真剣勝負の場であり、夢の舞台です。選手だけでなく、お客さんもいろいろな国から来る。試合当日はホテルからパトカーが先導して、ノンストップでスタジアムまで行くんです。特別なものを感じましたね。


――スコットランド以外の国とはどんな思い出がありますか。


 同じ2003年ワールドカップで対戦したフランスもよく覚えています。フランスはその前のワールドカップでオールブラックスに勝ったりしているし、セットプレー、特にスクラムにはものすごいこだわりがあって、アタックはひらめきがすごくて予測がつかない。何をしてくるかわからないんです。


 ディフェンスも激しい。特に覚えているのはFL(フランカー)のセルジュ・ベッツェンですね。身長も体重も僕と同じくらい、世界的には小さいFLなんですが、ジャッカル、ボールへの絡みは絶品でした。

 あとWTB(ウイング)のクリストフ・ドミニシですね。彼も身長170センチ、体重80キロくらいで日本人と変わらない体なんですが、スピードが素晴らしい。オールブラックス戦でも2トライくらい取ってましたよね。あとはLO(ロック)のセバスチャン・シャバル。タックルされたんですが、死ぬかと思うくらいの衝撃がありました。あれは一生忘れられません。

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