IT WORKS シュヴァルグラン 「競馬巴投げ!第135回」1万円馬券勝負

乗峯栄一

マチカネムラサメとカルタ取り名人

[写真3]サトノノブレス 【写真:乗峯栄一】

 その昔、マチカネムラサメという馬がいた。いつもアッと驚く大逃げで四角まで5馬身離し、本命党をハラハラさせていた馬が競走馬人生の最後の方はめっきり逃げなくなった。「“行ってバッタリ”、これがオレの人生」と鼻ふくらませて息巻いているように見えたのにどうしたのか。

 人間がそうであるように、馬だって「まあいいや」という言葉を覚える時があるに違いない。一人で逃げるより、馬群にいるほうが楽なんだ。「一緒が一番あたたかい」とシチューの湯気のCMのようなことを思い出していたのかもしれない。

 先日、衛星放送で「百人一首名人戦」をやっていた。「いい大人が、カルタ取りなんかに夢中になって」と見ていたが、何でも日本一というのは凄いものだ。フェイントを掛けたり、相手の腕をひじでブロックしたりするのだ。このレベルになると、「むらさめの」の「む」は一枚だから、すぐ「霧立ち」に手が行くというのは当たり前で(「“霧立ち”はワタシのものだからね」と言って手で隠したりはしない)、一枚札は「取りやすい位置にいる方が取る」ということであまり問題にならないのだそうだ。読み手が抑揚をつけて「むらさめの」と言った時、哀れマチカネムラサメはすでに部屋の壁に叩きつけられていた。

「ム・ス・メ・フ・サ・ホ・セ 一枚札」と言って、上の句がム・ス・メ・フ・サ・ホ・セで始まる札は一枚しかない。「カルタ取り」という宿命を背負った人間たちは「村雨の」の「ム」が読まれたかどうかの段階で「霧立ち」に手が行く。「突然の雨の村雨」がなんで「霧立ちの秋の夕暮れ」に結びつくのか、そんなことは考えない。

今回有馬の最大テーマは「IT WORKS」だ

[写真4]ミッキークイーン 【写真:乗峯栄一】

 しかし今回は考えないといけない。われわれ競馬人間は「マッチ売りの少女」よりも「カルタ取り名人」よりもいつも考える。

 冬至の日の有馬追い切り、朝7時はまだ薄暗い。それも真っ白に白濁した空気の中だ。これは「霞(かすみ)と言っては“いまは春か”と和歌の先人に笑われる。靄(もや)と言っては衝撃が薄い。完全に霧立ちだ」

「ムはないのか? 一枚札のムはないのか」と探し回る粋人は栗東トレセンにはいなかった。(ひょっとしたらムスカテールかもしれない。ムスカテールのムを言えば、みんな“霧立ちだあ”と騒ぎまくるようだとトレセンの古典素養は高い)。

 しかし今回有馬の最大テーマは「IT WORKS」だ。

「霧の追い切り」は一枚札を示す。

「クリスマスの日の有馬」はマッチ売りと、八百屋お七と、ジョージ・ブライスデールの放火を表す。

 それが、IT WORKS だ。

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著者プロフィール

 1955年岡山県生まれ。文筆業。92年「奈良林さんのアドバイス」で「小説新潮」新人賞佳作受賞。98年「なにわ忠臣蔵伝説」で朝日新人文学賞受賞。92年より大阪スポニチで競馬コラム連載中で、そのせいで折あらば栗東トレセンに出向いている。著書に「なにわ忠臣蔵伝説」(朝日出版社)「いつかバラの花咲く馬券を」(アールズ出版)等。ブログ「乗峯栄一のトレセン・リポート」

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