サッカーと野球~プロスポーツにおけるコンバートの意義

人気解説者・林陵平が説くコンバートの新常識「戦術の進化とともに旧来の概念は消滅しつつある」

吉田治良

トップ起用がハマったハバーツ(左)と、インサイドハーフの新境地を開いたジョエリントン(右)。コンバートにはチーム事情や志向するスタイルが大きく関係している 【Photo by David Price/Arsenal FC via Getty Images】

 国内外を問わず、サッカー界におけるコンバートの成功例は決して少なくない。ただし、時代の移り変わりとともに、その概念は大きく変化しつつあるようだ。戦術の進化とコンバートの関係性は? そもそも配置転換の難しさとはどこにあるのか? 元Jリーガーで人気解説者の林陵平氏が説くのは、コンバートの新常識だ。

その大半はチーム事情によるコンバート

──サッカーのコンバートで、林さんがパッと思い浮かぶ成功事例はありますか?

 僕の年代だと、やっぱりアンドレア・ピルロ(元ミランなど)はすごく印象に残っています。本来はトップ下でしたが、そこからアンカーに落ちて配球役を担うようになってから大成しましたね。

──現役選手だと?

 ハカン・チャルハノール(インテル)も“ピルロ系”のコンバートでしょう。ただ、サッカーのコンバートで、監督がその選手の元々持っている資質を見抜いて違うポジションにはめ込み、成功に導いたケースはそれほど多くないと思います。

 ピルロは同じチーム(ブレシア)にロベルト・バッジョという、自分とプレースタイルがよく似た稀代のファンタジスタがいたので、レジスタとして生きる道を選んだわけですし、本来はインサイドハーフのチャルハノールも、マルセロ・ブロゾビッチ(アル・ナスル)が退団して他にアンカーができる選手がいなかったから、配置転換されたにすぎません。

 チーム事情で本職とは違うポジションをやらせてみたら、うまくハマった。そういうパターンが大半ではないでしょうか。ジュール・クンデ(バルセロナ)がセンターバックから右サイドバックに回ったのは怪我人が続出したからだし、アーセナルの攻撃的MFカイ・ハバーツも、計算できるセンターフォワード(CF)がいなかったから最前線を任されているだけなんです。

──ニューカッスルのジョエリントンはどうですか? 元々はセンターフォワードでしたが、今はインサイドハーフのレギュラーです。

 もしかしたら彼の場合は、監督によって隠れた資質を見いだされたケースと言えるかもしれません。ただ、そこにはチームとしての戦い方も大きく影響しているんです。インサイドハーフに運動量や強度を求めるニューカッスルだからこそ、フィジカル能力に秀でたジョエリントンが、新しいポジションにフィットしたとも言えます。

簡単にポジションを動かせない理由

“偽CB”を高水準にこなすストーンズ。ポジションに対する考え方が変化し、戦い方にこれまでにない流動性が生まれたことで、コンバートという概念自体が薄れつつある 【Photo by James Gill - Danehouse/Getty Images】

──最近のサッカー界では、「コンバート」というワード自体があまり使われなくなりました。

 ポジションに対する考え方が昔とはだいぶ変わって、戦い方にもこれまでにない流動性や柔軟性が出てきたからだと思います。今では可変システムが当たり前になり、「偽サイドバック」や「ゼロトップ」といった新たなポジションも生まれ、その結果としてコンバートという概念が薄れつつあります。

 本当にスーパーな能力を持った選手以外は、ゲーム中にいかに最適なポジションを取るかを考えながらプレーできなくては、今の時代、特に欧州のトップリーグでは通用しませんからね。

──ユーティリティ性が求められると?

 というより、頭の良さ。チーム戦術がすごく発達しているので、個人戦術でそこに追いつけないような選手は試合に出ることさえできないんです。

──ポジションの境界線が曖昧になりましたからね。

 そうですね。例えば4-4-2をベースに話すなら、試合中ずっと同じような立ち位置でプレーするのって、フィールドプレーヤーでは2センターバックくらいかもしれません。2トップはサイドに流れたり、中盤に下りてきたりするし、サイドハーフやサイドバックも外に張るだけじゃなく中にも入ってくる。2ボランチも真ん中から比較的動きませんが、最終ラインに落ちてプレーするケースもありますからね。

 基本的にポジションは自由というか、状況に応じて最適な立ち位置を取り続けなくてはいけない。例外としたセンターバックにしても、「偽センターバック」という言葉があるくらいですから……本当に頭を使って動けないと厳しい時代になってきていると思います。

──「司令塔」と呼ばれることが多いボランチは、特に頭を使うポジションでは?

 ポジションによって頭の使い方が違うんです。ボランチはもちろんゲームコントロールにおいて頭を使いますが、内か外か、前か後ろか、常に正しいポジションを取るという意味では、例えばサイドバックのほうが、より頭を使わなくてはいけない時代になってきています。

──そうした流れのなかで、分かりやすいコンバートの事例が減っていると?

 そもそもなんですが、ポジションごとに求められる資質って、みなさんが想像している以上に違うんです。技術、フィジカル、戦術眼といった要素がすべての選手にベースとしてあった上で、そこからセンターバックに必要なもの、サイドバックに必要なもの、中盤に必要なもの、FWに必要なものって、ちょっとずつ違う。それが簡単にポジションを動かせないことにも関係しているんだと思います。

──そのちょっとの違いが大きい?

 そうです。トレーニングで1対1の練習をすると、ディフェンスの選手って自分がボールを持ったときに1対1で仕掛けられない。普段は受け身の対応で、能動的にアクションを起こすプレーに慣れていないから。元レアル・マドリーのセルヒオ・ラモス(無所属)みたいな選手は異質なんです。逆にFWの選手が1対1の守備をやると、すぐに飛び込んでかわされてしまうんですけどね。

──「偽センターバック」として振る舞えるジョン・ストーンズ(マンチェスター・シティ)のような選手もいます。

 ただ、あれを採用しているチームって、今はもうシティくらいですからね。センターバックの選手がボランチをやるのは、それだけ難しいということです。

 センターバックは基本、後ろからのプレッシャーを受けませんが、そこから1列前にポジションを上げると相手センターフォワードのプレスバックも含め、360度全方位からプレッシャーを受ける。そういう対応にセンターバックは慣れていないんです。それに比べると、ボランチからセンターバックへのコンバートは難易度が低いかもしれませんね。

プロの世界は専門職で成り立っている

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著者プロフィール

1967年、京都府生まれ。法政大学を卒業後、ファッション誌の編集者を経て、『サッカーダイジェスト』編集部へ。その後、94年創刊の『ワールドサッカーダイジェスト』の立ち上げメンバーとなり、2000年から約10年にわたって同誌の編集長を務める。『サッカーダイジェスト』、NBA専門誌『ダンクシュート』の編集長などを歴任し、17年に独立。現在はサッカーを中心にスポーツライター/編集者として活動中だ。

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