まだ底を出してないマカヒキ 「競馬巴投げ!第120回」1万円馬券勝負

乗峯栄一

3カ月ほど当てるのを控えていた

[写真1]これが96年春のGIコロガシ破竹の連勝馬券だ! 【写真:乗峯栄一】

 もう古い話だ。大阪・豊中の駅前に「サンチョパンサ」という偏屈オヤジのやっている喫茶店があって(もう閉店してしまったが)、近所の競馬好きがよく溜まっていた。94年の秋もGIシリーズを前にみんなの皮算用が始まっていた。

「天皇賞ビワハヤヒデ、菊花賞ナリタブライアン、女王杯ヒシアマゾン、どれもこれも堅いなあ、オモロないなあ、今年の秋は」などとみんなで言い合う。

 その頃ぼくはスポーツ紙に予想を書き始めて2年ぐらいの頃だったが、若干思うところあって「原点に帰る競馬」というのを標榜していて、3カ月ほど当てるのを控えていた。あくまで原点に帰って、静かに自分を見つめ直すという意味だ。しかし「原点に帰らない連中」というのがこの世にはたくさんいて、さらにこいつらは深謀遠慮というものを理解できない。

ギェギェギェーッ、千円が1968万3千円か

[写真2]100万円も見えてきたダービー、複勝と単勝を間違える大チョンボ…… 【写真:乗峯栄一】

「このコーナー、よう打ち切りにならんもんやなあ」

 原点喪失者の代表である店のオヤジはわが予想コラムの載っているスポーツ紙を広げて聞こえよがしに呟く。「阪神タイガースでも1カ月に1回ぐらいは勝ちよるで」

 むなしい。原点を忘れた人間たちというのは、なぜこうも浅はかなのだろうか。体中に原点の満ち溢れたぼくは会話の輪から離れ、カウンターにある電卓(この店は客のツケを請求するため、常にヒモにつながれた電卓を置いている)をいじっていた。

「確かに堅いのは堅い。しかしたとえ3倍の配当でも9回続けば(ポンポンポンと電卓叩く)ギェギェギェーッ、1万9683倍、千円が1968万3千円か。3倍の馬券なんか取るの、屁みたいなもんやないか。もろたも同然やないか。なんで今まで気づかんかったんやろ」

[写真3]3戦3勝サトノダイヤモンド、楽勝ばかりというのが逆に不安だが…… 【写真:乗峯栄一】

 オヤジが「何事か」と近寄ってくる。

「まあ端数968万3千円はポケットに入りきらんから、この辺に散らばることになるやろ」

 原点男は立ち上がり、店内を見渡して呟く。

「いや、いい。警察に届ける必要はない。ぼくにはカネで買える幸せをプレゼントするぐらいのことしか出来ないんだから」

「え、3の9乗いうたら27倍ちゃうんか」などと、なおも電卓を不思議そうに覗いている店主に向かって「オヤジ、ちまちまコーヒー入れて生活するのもそろそろ終わりかな。いい老後おくるんやで、ハッハッハッハ」と言い残し、怪傑ゾロのように店を出た。

 それが“複コロ男”と異名(ほとんど自分でつけた異名だったが)をとる乗峯のトッカカリだった。それ以来スポニチ(関西版)“乗峯栄一の賭け”コーナーで『GI複勝コロガシ』を合計4回試みた。結果を披露してみる。

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著者プロフィール

 1955年岡山県生まれ。文筆業。92年「奈良林さんのアドバイス」で「小説新潮」新人賞佳作受賞。98年「なにわ忠臣蔵伝説」で朝日新人文学賞受賞。92年より大阪スポニチで競馬コラム連載中で、そのせいで折あらば栗東トレセンに出向いている。著書に「なにわ忠臣蔵伝説」(朝日出版社)「いつかバラの花咲く馬券を」(アールズ出版)等。ブログ「乗峯栄一のトレセン・リポート」

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