岡山のJ1昇格が我々に教えるもの 成功を支えたカルチャーと「30年計画」

大島和人

シティライトスタジアムのスタンドが「臙脂」で染まっていた 【(C)J.LEAGUE】

 12月7日にJ1昇格プレーオフ決勝が開催され、ファジアーノ岡山がベガルタ仙台を2-0で下してJ1昇格を決めた。岡山のプレーオフ挑戦は2016年、22年に次ぐ3度目で、2009年のJ2昇格から16季目の悲願達成だった。

 新幹線の改札を出る瞬間から、岡山の街は「スタジアム」の空気だった。駅員や売店スタッフがファジアーノレッドの法被を身にまとい、構内は選手の旗がはためいている。張り出されたポスターには「全員で勝つ」の5文字が強調されていた。このクラブが地域に根づいた、特別な存在であることが否応なしに伝わるビジュアルだった。

「5度目の挑戦」が実った木山監督

木山監督にとってもJ1昇格は「悲願」だった 【(C)J.LEAGUE】

 プロスポーツは令和日本の数少ない成長産業だ。Jリーグも楽天、サイバーエージェント、ミクシィ、メルカリ、DeNAとIT企業の参入が相次いでいる。そういった企業の牽引もあり、各クラブとも事業規模の拡大が進んだ。

 しかしファジアーノは特定の企業に依存せず、一人ひとりのサポーターや地域の企業が薄く広く支える「市民クラブ」だ。決勝の先発11名のうち8名はJ1のリーグ戦未出場で、お金で人材を集めている気配はない。全員が献身的にボールを追い、タフに競り合う――。それがファジアーノの質実剛健なフットボールだ。

 J2は2位以内が自動昇格で、3位から6位のクラブが1枠を懸けたプレーオフに臨む。準決勝、決勝ともスコアが90分で同点だと「リーグ戦の上位」が勝ち上がるレギュレーションだ。5位・岡山は6位・仙台に対してアドバンテージを持っていた。

 さらに岡山は20分に末吉塁が左サイドからループシュートを沈め「実質2点差」の余裕が生まれる。

 仙台は後半開始と同時にオナイウ情滋を投入し、右サイドの「ウイングバックの背後」を突く狙いから試合の流れを引き戻す。岡山はこの悪い流れを耐えると、60分に191センチの大型FWルカオを投入して反攻に出る。61分にはルカオの突破から本山遥のダメ押しゴールが生まれ、岡山は2-0で勝ち切った。

 木山隆之監督にとっては5度目のJ1昇格プレーオフで、初の突破だった。彼は水戸ホーリーホックを皮切りにジェフ千葉、愛媛FC、モンテディオ山形、ベガルタ仙台、そして岡山と6クラブの監督経験がある。一方で決勝敗退2度(2012年/19年)、準決勝敗退2度(2015年/22年)という戦績から、悲運の気配が漂っていた。

 彼は12年も漂っていた暗雲を振り払った。

「跳ね返されるたび、自分自身だけでなく、様々なものが大きく変わります。自分のことより、周りの人たちをハッピーにできなかったという思いが強いです。でもそれを何とか覆していこうと思いながら、岡山で指揮を執り始めています。ジェフで(2012年に)初めてプレーオフに行ったときは、自分自身の未熟さを感じました。(2016年に)愛媛でプレーオフへ行ったときは、クラブ規模を考えればそれ自体が快挙だったと思います。一概に4回負けたから4回ダメだったわけでなく、色んな思いを持ちながらやった10年でした。確実に言えるのは、そういった経験が着実に自分自身を強く大きくしてくれたことです」

監督、選手が語るファジアーノのカルチャー

本山遥は身体を張ったプレーでもチームを助けた 【(C)J.LEAGUE】

 決勝は途中出場でピッチに入った神谷優太にも負の記憶があった。彼は清水エスパルスの選手として、昨年のJ1昇格プレーオフ決勝で悔しい思いをしている。清水は後半アディショナルタイムに東京ヴェルディの「勝ち越しPK」を喫して昇格を逃したが、PKにつながるボールロストは彼のプレーだった。

 神谷は試合後にこう口にしていた。

「岡山に来たときから、本当に『このチームをJ1に上げる』という気持ちだけでした。(悔しさは)それでしか解消できません。だから今日はそれができて本当によかったです」

 2点目を決めてこの試合のヒーローになった本山は大卒3年目だが、やはり悔しさを糧にしてきた。今季は様々なポジションを転々とし、ベンチ外が続いた時期もある。しかし最後は右ウイングバックとしてチームに取って欠かせない存在になった。

 本山は中高とヴィッセル神戸のアカデミーでプレーしていたが、古巣に対しては反骨心を隠さない。

「自分にオファーをくれなかったクラブでもあるので、その悔しさをプロになってから忘れたことはありません」

 在籍経験のある選手が揃って口にするのがファジアーノの「真面目さ」だ。木山監督はそれをこう表現する。

「大げさな言い方かもしれないですけど、もう間違いなくチームのために全員が本当にすべてを投げ打って仕事をしています。クラブに入ってきたときにそのような空気を感じて、そうなっていくのだと思います。それはもう間違いなく、我々のクラブの大きな財産です。献身性は失ってはいけない、武器にしていかなければいけない、最も大きなことです」

 今季途中に加入した神谷はこう口にする。

「真面目なのがすべてプラスに行っていて、マイナスな真面目さがありません。選手同士が話し合うときも、みんな『聞く耳』と『話す意思』の2つを持っている。そういうところはここに入ってすごく感じます」

 本山はこう振り返る。

「ウイングバックで試合に出るようになって、ある練習のあとに、嵯峨理久選手が『ハル(本山)は悔しい思いをしていたけど、今こうやって試合に出ている姿を見てパワーをもらっている』と言ってくれました。嵯峨選手だけでなく全員の『チームのためにやる』というエネルギーが強くて、出るからにはやるしかないと本当に毎試合思わされています」

 献身性は強制で引き出せるものではない。しかしファジアーノは自然と全員がすべてを投げ打つ、挫けずに努力を続けるカルチャーが備わっている。

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著者プロフィール

1976年に神奈川県で出生し、育ちは埼玉。現在は東京都北区に在住する。早稲田大在学中にテレビ局のリサーチャーとしてスポーツ報道の現場に足を踏み入れ、世界中のスポーツと接する機会を得た。卒業後は損害保険会社、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を開始。取材対象はバスケットボールやサッカー、野球、ラグビー、ハンドボールと幅広い。2021年1月『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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