「上手さ+強度・走力」――エース頼みではない“新生神村”、初の日本一へ王手

川端暁彦

米子北との我慢比べのようなゲームは、エースFW名和田我空(左)の決勝点で神村学園に軍配 【撮影:川端暁彦】

神村学園のパブリックイメージ

「無失点を目指してやろうとは思っていない」

 神村学園(鹿児島)を率いる有村圭一郎監督はそう言ってから、ちょっと苦笑いを浮かべたように見えた。そこにフォーカスされることは、必ずしも本意ではないということなのだろう。

 8月2日に準決勝を迎えた全国高等学校総合体育大会(通称インターハイ)の男子サッカー競技。神村学園は準決勝で米子北(鳥取)と対戦し、1-0の完封勝利を飾った。ここまで初戦からすべて完封で来ており、無失点での決勝進出となった。

「堅守・神村」というところだが、今年の神村はディフェンスのチーム……というわけではない。

「神村と言えば守備が弱いというイメージがあるのは悔しい」

 チームの主将であり、昨年のU-17ワールドカップ日本代表でもある注目FW名和田我空は、今年初めにそんな言葉も残していた。神村のパブリックイメージはどうしてもその方向で、「うまい選手が多くて点は取れるけど、失点が多い」というものだろう。

 今大会、次戦が神村という状況で対戦するチームに印象を聞くと、「うまい選手が多い」というのと同時に「守備は隙がある」といった言葉も出てきた。そうしたイメージは、かなり広く定着しているとも言える。

 実を言えば、今年も当初はそうした印象にあまり変わりはなかったかもしれない。有村監督はこう振り返る。

「ゴールデンウイークまではそうですね」

 神村の属する高円宮杯プレミアリーグWESTのデータがわかりやすい。5月6日の第5節までの5試合で喫したのは実に16失点。1試合平均3点超だから、「守備が弱い」と言われたのも無理はない。一方、第6節から第11節までは計11失点。1試合2点近いペースなので、守備が堅いとは言いがたい数字だが、如実に減ってはいる。

 ゴールデンウイーク以降、それまでコーチに任せていた部分について有村監督自ら改善に着手したと言い、3-4-3のシステムを導入したことに加え、戦い方自体もブラッシュアップ。「今年の子の特長も考えて」個性の組み合わせを見直し、選手の配置も考え直した。

 こうした戦術的なアレンジに加え、「フィジカル的な部分は相当やってきた」(名和田)という基礎の積み上げもあり、チームは静かに変貌を遂げていった。

連戦の中でタフネスを発揮

神村は球際の攻防を制するスキル、ボールを奪い切る強さも際立つ 【撮影:川端暁彦】

「今年の神村は『上手さ+強度・走力』です」

 名和田主将の言葉を裏付けるような発言が、プレミアリーグでしのぎを削ってきた対戦相手からも次々と聞かれた。

「プレミアで対戦したときとはまるで印象が違う。守備が本当に違った」と目を丸くしていたのは静岡学園の川口修監督だ。

「アスリート能力も高いし、本当に寄せが速い。切り替えもそうだし、スペースを埋めるのも速くなっている。リーグで対戦したとき(5月6日、4-3で神村が勝利)は、こんな守備はなかった」(川口監督)

 前からのプレス、タフな切り替え、守備の連続性といった部分でフィジカルベースの高さを感じるのはもちろん、ゴール前でのポジション取り、最後に体を張る姿勢といったDF陣個々の意識の高さも印象的だ。ウイングバックを押し出して「3バックだけで守れる」(有村監督)ようにするのが指揮官の理想形なのだが、今大会はほとんどの試合でそれを実践できている。

「ボランチを含めて本当に強くなっているし、頼もしい」

 名和田主将はそう言って生まれ変わった「神村の守備」に胸を張る。もちろん、この名和田を含めた技巧派自慢の攻撃陣がサボらず守れるのも強みになっており、守備から攻撃へ素早く切り替えての速い攻めで試合を決め切るシーンも目立つ。静岡学園を沈めた準々決勝などはその一例だ。

 神村学園としては初めて、鹿児島県勢としても「城彰二さんが3年生のときの鹿児島実業以来」(有村監督)となる31年ぶりの決勝進出。そして、意外にも鹿児島代表としては初めてとなる「夏の日本一」も見えてきている。

決勝は埼玉の技巧派・昌平と

初の決勝進出を決めて喜びあふれる昌平の選手たち 【撮影:川端暁彦】

 8月3日にJヴィレッジスタジアムで開催される決勝戦は、この神村と昌平(埼玉)の対戦となった。

 どちらも技巧派集団として名高い両雄だが、今季はチームのスタイルをブラッシュアップしてきたのも印象的だ。

 玉田圭司新監督が就任した昌平は、フィジカルメニューを増やし、肉体面の弱みを克服してきた。前監督でもある参謀役の村松明人コーチによれば、単にチームとしてフィジカル要素のあるトレーニングが増えただけでなく、個人のパーソナルトレーニングで肉体強化を図っている選手も多くいると言う。

 また練習メニューもゴール前の攻防を増やし、ストライカー出身の玉田監督らしいシュートへのこだわりもエッセンスとして加わっている。つなぐ、はがすといったプレーへのこだわりは変わっていないが、よりダイナミックな志向を持ったチームになってきている。

 決勝はそうした技術的なこだわりのぶつかり合いと、お互いが今季特にこだわってきた強度のぶつかり合いというもう一つの「強み」の対峙(たいじ)にもなる。

 どちらの選手からも「本当に楽しみ」「ワクワク」といったワードが聞かれた決勝戦へ――。夏の日本一を決する戦いは、何とも楽しみなカードとなった。
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著者プロフィール

1979年8月7日生まれ。大分県中津市出身。フリーライターとして取材活動を始め、2004年10月に創刊したサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊事業に参画。創刊後は同紙の記者、編集者として活動し、2010年からは3年にわたって編集長を務めた。2013年8月からフリーランスとしての活動を再開。古巣の『エル・ゴラッソ』をはじめ、『スポーツナビ』『サッカーキング』『フットボリスタ』『サッカークリニック』『GOAL』など各種媒体にライターとして寄稿するほか、フリーの編集者としての活動も行っている。近著に『2050年W杯 日本代表優勝プラン』(ソル・メディア)がある

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