F1ドライバーの本能を逆なでする、チームオーダーという不条理

柴田久仁夫

ノリスに非情なチームオーダー

表彰台のランド・ノリス(左)と勝者オスカー・ピアストリ。戦略担当責任者(右端)を表彰台に上げたのは、正当なチームオーダーだったというアピールか 【©️McLaren】

 F1第13戦ハンガリーGPでは、デビュー2年目のオスカー・ピアストリが初優勝を果たした。チームメイトのランド・ノリスも2位に入り、マクラーレン1-2という最高の結果となった。しかし表彰台の二人は、喜び爆発という状態にはほど遠い様子だった。レース終盤に起きたゴタゴタが、記念すべき勝利に大きく水をさしたのだった。

 発端は45周目の、ノリスのピットインだった。この時、ノリスは2番手。しかし首位のピアストリがピットインを2周遅らせたことで、二人の順位は逆転してしまう。するとチームはノリスに、「首位をオスカーに戻せ」と指示を出した。

 しかしノリスは無言のまま、逆にペースを上げ、ピアストリとの差は広がっていった。担当エンジニアのウィル・ジョゼフはその後、公開された無線のやり取りだけでもノリスに対し15回以上、順位交換の指示を出し続けた。

 ただし決して、命令口調ではなかった。「タイヤを使いすぎてる」「君が正しい判断をしてくれると信じてる」「君の速さは、もう十分に証明された」。5年前のノリスのF1デビュー時からコンビを組み、2ヶ月前のマイアミGPでようやく初優勝を遂げさせたジョゼフにしてみれば、2勝目を譲り渡すノリスの無念さは痛すぎるほどわかっている。あくまでパートナーとしての説得を続けたのも、そんな思いがあったからだろう。

「個人の結果よりチームの利益が最優先」

首位を譲ったあとも、ピアストリの背後にぴたりとつけていたノリス 【©️McLaren】

 それでもノリスに、順位を譲る気配は見えない。チェッカーまで残り5周となった65周目には、ジョゼフも流石に強い口調で、「ランド、自分一人の力では、世界チャンピオンになれない。チームとオスカーの支えが必要だ。今すぐ、譲るんだ」と、最後通牒ともいうべき指示を投げた。

 ノリスからの答えはなかったが、68周目のメインストレートで急減速。ピアストリを抜かせていった。その後もしばらく1秒以内の位置につけていたのは、「本当なら、勝つのは僕だった」という意思表示だったのか。

 この後味の悪い幕切れは、そもそもチームが首位のピアストリを先にピットインさせていれば防げていた。それに対するアンドレア・ステラ代表の答えは、「ルイス・ハミルトンやマックス・フェルスタッペンが後ろから迫っていたから」というものだった。

「1-2フィニッシュを確かなものにするためには、彼らに抜かれる恐れがあったランドを、まずピットインさせる必要があった。その場合、1位と2位が入れ替わる可能性はあった。そして実際、その通りになった。でも我々はその問題の対処に、自信を持っていた」

 ステラ代表が強調するのは、「チームの利益が最優先」ということだ。これについては、少し歴史的な説明が必要だろう。

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著者プロフィール

柴田久仁夫(しばたくにお) 1956年静岡県生まれ。共同通信記者を経て、1982年渡仏。パリ政治学院中退後、ひょんなことからTV制作会社に入り、ディレクターとして欧州、アフリカをフィールドに「世界まるごとHOWマッチ」、その他ドキュメンタリー番組を手がける。その傍ら、1987年からF1取材。500戦以上のGPに足を運ぶ。2016年に本帰国。現在はDAZNでのF1解説などを務める。趣味が高じてトレイルランニング雑誌にも寄稿。これまでのベストレースは1987年イギリスGP。ワーストレースは1994年サンマリノGP。

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