「ここがゴールじゃなくて、ここからが始まり」 東京ドームから次代につなぐ――大橋秀行会長の思い

船橋真二郎

5月6日、井上は東京ドームでネリに劇的6回TKO勝ち。その一挙手一投足が見る者を魅了した 【写真:西村尚己/アフロスポーツ】

象徴的だった井上の入場シーン

 5月6日の東京ドーム決戦、注目を集めた4団体統一世界スーパーバンタム級タイトルマッチは井上尚弥(大橋)がルイス・ネリ(メキシコ)を6回TKOで粉砕。まさかのダウンに始まり、3度倒し返してのフィニッシュに至るまで、その一挙手一投足が4万3000人の大観衆、ライブ配信の視聴者を大いに魅了した。

 いつもながらの期待を超えるパフォーマンスに、いつもながらに思わされるのは、我々が今、この不世出のボクサーがつくる偉大なる歴史を現在進行形で目撃しているということだ。無敵を誇った統一世界ヘビー級王者のマイク・タイソン(米)が“世紀の番狂わせ”で初めてリングに沈んだ1990年2月11日以来、ボクシングのビッグイベントが約34年ぶりに東京ドームで開催され、日本人ボクサーが初のメインイベンターを務めたのは、言うまでもなく井上がいたからにほかならない。

 が、井上の31回目の誕生日に行われた公開練習後の囲み取材で、大橋秀行会長は過去最大級のイベント開催にかかる重圧の大きさを吐露した上で、こう話していた。

「ここがゴールじゃなくて、ここからが始まり」井上に続くボクサーを出さなければならない、と次代への使命についても言及した。その大橋会長の思いを象徴しているようにも感じられたのが井上の入場シーンだった。

 2022年6月7日、ノニト・ドネア(比)との決着戦以来となる世界的ギタリスト・布袋寅泰さんの生演奏が盛り上げに一役買ったが、目を引いたのは井上の後に続いた4本のベルトを高々と掲げる顔ぶれだった。

 バンタム級では4団体統一後に階級を上げたため、井上が4本のベルトとともに入場するのは初めてのことでもあったが、これまでは弟の拓真、いとこの浩樹がベルトの持ち手となることが多かったはずだった。

 今回、その役を担った面々は、WBCのベルトが今永虎雅(いまなが・たいが/24歳、5勝4KO無敗)、WBAが松本圭佑(24歳、10勝7KO無敗)、WBOが山口聖矢(30歳、1勝1KO無敗)、IBFは保田克也(32歳、13勝8KO1敗)、これからに期待がかかる大橋ジムのジムメイトたちだった。こうした経験もまた彼らの心に火をつけることになるだろう。

4本のベルトを掲げた面々

井上に続き、左から今永虎雅、山口聖矢、松本圭佑、保田克也が4本のベルトを掲げて入場 【写真:西村尚己/アフロスポーツ】

 今永は史上初の高校8冠を達成するなど、奈良・王寺工業高から東洋大にかけて、通算126戦113勝のアマチュア戦歴を残してプロ転向した攻防兼備のサウスポーで「アジア最強決定戦」と銘打たれたライト級トーナメントに参戦中。7月18日、後楽園ホールでマービン・エクスエルド(比)との準決勝に臨む。

 現在のランクは日本6位だが、反対ブロックの準決勝にはトーナメント初戦で日本1位を2回KOで破った駒澤大出身の強打者・齊藤陽二(角海老宝石)が進出。ここを制すれば、来年にも実力者がひしめく国内ライト級戦線に食い込んでくるだろう逸材である。

 日本フェザー級王者の松本は、父で元東洋太平洋・日本フェザー級王者の松本好二トレーナーとの親子鷹で知られるジムの秘蔵っ子。小学3年から父の手ほどきを受け、15歳以下の全国大会を5連覇するなど、幼い頃から豊富な実戦経験を積んできた。

 IBF10位、WBC13位と2団体で世界ランク入り。父が3度挑戦して、ついに果たせなかった世界獲りを目指す。6月25日、後楽園ホールで独特のリズムと間合いを持つベテランサウスポーの藤田裕史(井岡)と3度目の防衛戦が決まっている。

“オールドルーキー”の山口は、他の3人とは毛色が異なる。サッカーJ3・SC相模原に在籍した元Jリーガーで、幼なじみの井上尚弥に誘われ、プロボクサーとなった。

 昨年8月のデビュー戦を右一撃による鮮烈な初回KOで飾り、今年は新人ボクサーの登竜門・新人王トーナメントにライト級でエントリー。5月16日には東日本新人王初戦を戦い、初回のダウンを挽回する2-1判定の辛勝ながら、次の準々決勝に勝ち上がっている。

 保田は群雄割拠の国内ライト級戦線の一角を占めるWBOアジアパシフィック王者。大橋会長、松本トレーナーとはヨネクラジムの同門・中島俊一会長のBoy's水戸ジムで腕を磨いた高校時代は無名だったが、主将も務めた中央大で国体優勝を果たした。

 大学卒業後にいったん競技を離れるも25歳でプロデビュー。昨年6月、12戦目で王座決定戦を制した。WBO11位にもランクされるカウンターを得意とするやりづらいサウスポー。7月9日、後楽園ホールでプレスコ・カルコシア(フィリピン)と3度目の防衛戦を行うことが発表された。

 ざっと4人の横顔に触れてきたが、スーパーライト級で世界挑戦を視界に捉える平岡アンディ(27歳、22勝17KO無敗)は井上拓真とともに入場するなど、東京ドームのビッグイベントをさまざまな形で体感し、何かを感じた選手たちはほかにもいる。

 4月2日には、アマチュアで大きな実績を残した4人のホープがそろってプロテストを受験。付き添った八重樫東トレーナーが代表して印象的なコメントを残した。

「今の大橋ジムは尚弥が筆頭で引っ張ってくれていますけど、(尚弥が)引退した後の大橋ジムを支える子たち。それぞれ色があるので、個性を伸ばして大切に育てていきたいと思います」

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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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