東京ドームで初めて勝ち名乗りを受けた吉野弘幸 1988.3.21の人生を変えた大一番

船橋真二郎

渡辺均会長。ジムの壁に並ぶ歴代チャンピオンたちの写真パネルは先頭から1988年3月21日に誕生した吉野弘幸、大和武士と続く 【写真:船橋真二郎】

ワタナベジム初の王者

「私の中では内山は特別ですよ。やっぱり、ワタナベジムの最初の世界チャンピオンで、ジムを支えてくれた恩人ですから。だけど、吉野も特別。世界は獲れなかったけど、特別な存在です」

 渡辺均会長が柔和な表情で語る。今年1月で74歳になった。現役を引退し、25歳にして地元の栃木県今市市(現・日光市)に今市ボクシングジムを興してから半世紀近く。1981年7月に現在の東京・五反田に進出し、ワタナベジムとして再出発してからは間もなく43年になる。

 この間に内山高志から重岡兄弟まで男子の世界チャンピオンは7人、女子の世界チャンピオンも4人を輩出した。日本、東洋太平洋、WBOアジアパシフィック王者を合わせれば、数十人のチャンピオンを誕生させ、国内有数のチャンピオン・メーカーとなった。

 ジムの壁には歴代チャンピオンたちの写真パネルがズラリと並ぶ。その先頭を飾っているのが「特別な存在」と渡辺会長が称える吉野弘幸だ。

 1988年3月21日――。4日前に完成した日本初の屋根付き野球場、東京ドームでボクシングのビッグイベントが開催され、当時33戦33勝29KOと無敵を誇った21歳の統一世界ヘビー級王者、マイク・タイソン(米)が初来日。元WBA王者のトニー・タッブス(米)を左フックで腰砕けにして2回KOで一蹴し、力を誇示した。

 この日はワタナベジムにとっても特別な1日になった。

 東京ドームのオープニングマッチで、20歳の吉野が日本ウェルター級王者の坂本孝雄(新日本木村)から3度のダウンを奪って、4回でフィニッシュ。大方の予想を覆してワタナベジム開設7年目で初のタイトルをもたらすのである。

 が、これだけでは終わらない。タイソンのタッブス戦はアメリカのプライムタイムに合わせ、日本時間の昼間に開始ゴング。吉野の試合が始まったのが午前10時だった。

 歓喜から数時間後の夜、お隣の後楽園ホールで、今度は吉野と同僚の大和武士が日本ミドル級王座決定戦に出場し、これも4回でストップ勝ち。同じ日に同じジムから日本王者が一気に2人誕生したのは史上初の快挙だった。

 日本人ボクサーとして、東京ドームのリングで初めて勝ち名乗りを受けた吉野さんが振り返る。

「人生がガラッと変わった場所だよね。俺は完全に噛ませ犬だったんだから」

 56歳になり、現在は生まれ育った葛飾区青戸で「エイチズスタイルボクシングジム」を主宰。2005年3月21日にジムをオープンしたところにも思い入れがうかがえる。

 坂本はデビューから11ヵ月、5戦目で王座に就き、鮮烈なKOで評価を急上昇させてきた強打の23歳のホープだった。

「怖さもあったよ。すごいKOをしてるチャンピオンとやるとなったら。でも、俺は『よっしゃ、 やってやる!』と思ったよね。ここで勝てば、自分の生きてきた不遇の時代、これまでの全部を帳消しにできるなって」

 自らの手で人生を変えてやる。決意を固めた。

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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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