黒田監督の「5枚替え」が持っていた深い意味 町田がJ1首位、勝ち点3以上の収穫を得たFC東京戦

大島和人

町田はナ・サンホ(左)、オ・セフン(中)の得点でFC東京を下した 【(C)J.LEAGUE】

 FC町田ゼルビアは4月21日の第9節・FC東京戦に2-1と勝利した。第8節時点の首位・セレッソ大阪が敗れ、2位・サンフレッチェ広島が引き分けたことで、町田はJ1の首位に返り咲いた。

 町田は直近のリーグ戦(第8節・ヴィッセル神戸戦/●1-2)から先発を5名入れ替えて、この一戦に臨んでいる。競争を促す選手起用、そこに至る方向付けに指揮官の「らしさ」がにじみ出た試合だった。

 5名の入れ替えといっても谷晃生は不動の正GKで、出場停止からの復帰だ。またボランチ柴戸海は警告の累積で出場停止になっていて、そこにJ1初先発のMF宇野禅斗が起用された。一方でセンターバック(CB)昌子源、右サイドバック(SB)望月ヘンリー海輝、MF高橋大悟の3名は純粋な入れ替えで、そこは黒田剛監督の勝負手だった。

初先発で「らしさ」を出した望月ヘンリー海輝

 黒田監督は試合後にこう説明している。

「前回からメンバーを替え、相手の特徴ある選手たちにマッチアップさせる中で、しっかり優位性を取る狙いでした。前回のルヴァンカップで良かった選手たちをチョイスしながら、今回のスタメンを選びました。まさにその選手たちが奮闘してくれたと思っています」

 町田は14分にコーナーキックからナ・サンホがボレーシュートを決めて先制。21分にはVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)の介入からペナルティエリア内のハンドを取られ、PKから1-1に追いつかれた。しかし25分、J1初先発の新人右SB望月の「らしさ」が出たプレーから勝ち越しに成功する。

 イブラヒム・ドレシェヴィッチが最終ラインから右サイドにロングフィードを入れると、望月は俊足を飛ばしてゴールラインぎりぎりでそこに届いた。大きく弾んだボールに右足を合わせて折り返し、オ・セフンがダイビングヘッドを決めた。

 指揮官は決勝点の場面をこう振り返る。

「すごくいいフィードが入ったことも一つですけども、望月はかけっこ勝負で相手を翻弄(ほんろう)すると思っていました。(オ・)セフンには『マイボールになった時点で100%ゴール前に入っていけ。躊躇するな』と伝えていました。我々は『4枚入り』(※クロスに対してアタッカーが4名エリアに飛び込む動き)を掲げてやっていますが、守備しづらいスピード感、コースだったと思います」

 望月は国士館大から加入した新人。192センチの長身で、跳躍力やスプリント力にも恵まれている。酒井宏樹(浦和レッズ)や橋岡大樹(ルートン・タウン)の名を挙げれば分かるように、近年の日本サッカーは俊足でパワフルな選手がSBを任されがちだが、彼もその一人だ。さらにFC東京戦では総走行距離12.322キロ、スプリント28本といずれもチーム最多を記録している。つまり「繰り返し走れる」ところも強みだ。

望月のスピードと高さを活かす狙い

望月の高さはセットプレー以外でも生きていた 【(C)FCMZ】

 黒田監督は抜擢の理由をこう説明する。

「鈴木準弥も古巣(のFC東京が相手)ですし、出たい気持ちもあって、いい準備をしてくれていました。しかし相手の両ワイドが本当に速い選手でしたから、スピードのところの対応を考えました。また空中戦で絶対に負けない、ヘンリーをターゲットにすることでロングスローもより活きるという狙いがありました」

 この日のFC東京は180センチ以上のフィールドプレーヤーが2枚しかおらず、望月には高さでアドバンテージを取る役割が与えられていた。左サイドからのクロスボールに対しても、望月は「4枚目」としてエリア付近へ飛び込む動きをしていた。シュートを直接決めるのは難しい位置でも、中に折り返されたらやはり危険だ。FC東京は途中からCBのエンリケ・トレヴィザンを外まで競りに行かせていた。

 望月は90分のフル出場で、決勝点のアシストという分かりやすい結果も出した。ただコメントは謙虚だった。

「ある程度の自信にはなったのですが、足りない部分も明確に見えた試合でした。前への配球、コーチング、守備の対応はJ1仕様にもっと改善していきたい」

 17日のルヴァンカップ後に「赤点すれすれ」と口にしていた自己採点はやや上がったが、それでも「赤点より10点高いくらい」と控えめだった。

 彼の自己評価は別にして、その強みは日本代表級。さらに言えばワールドクラスだ。問題は「能力をどう引き出すか」にあった。黒田監督はこう述べる。

「初戦のガンバ戦は途中出場でしたが、かなり緊張していました。彼は優しい性格で、闘志をむき出しにするタイプではありません。経験を通じて彼のストロングを出して、徐々にフィットしてくれるのかなと思っています」

キャプテン昌子は望月をどう見る?

昌子は日々の練習から後輩の望月に経験を伝えている 【(C)J.LEAGUE】

 昌子はチームのキャプテンであり、FC東京戦で今季2試合目の先発出場を飾った。彼も望月の活躍をわがことのように喜んでいた。

「サイドに速い選手がいても『ぶち抜かれることはないやろな』という安心感がありますよね。優しい性格をしているので、そこは直そうと思って、常日頃から彼には厳しい言葉をかけています」

 黒田監督も昌子も「優しい性格」という表現を使っていた。少なくともサッカー選手にとって、これは褒め言葉でない。昌子はこう続ける。

「もう、返事で『こいつ絶対ええ奴や』って分かります。ただパチンと行きたいところを、少し遠慮してしまったりする」

 望月が試合中に躊躇なくすぐスイッチを入れられるようになる習慣づけを、日々の練習からしていく必要があった。昌子は目をかけているからこそ、優しい性格の新人に要求や指導を繰り返していた。

 192センチの後輩は言う。

「昌子選手にはセットプレーの守り方、試合の運び方、メンタルの持ち方など、すごい多くのことを教わっています。昌子選手もそうですけど、上のレベルで活躍している方々は、人と違う『いい意味でのオラオラ感』というか、強い意識を持っています。自分はそういうものをあまり持っていないので、そこも見習っていきたい部分です」

 セットプレーについては「まずボールがどうこうより、相手に自分の好きな形に持っていかせない」ことを教わった。メンタルについてはミスをした後の割り切り、切り替えを学んだという。

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著者プロフィール

1976年に神奈川県で出生し、育ちは埼玉。現在は東京都北区に在住する。早稲田大在学中にテレビ局のリサーチャーとしてスポーツ報道の現場に足を踏み入れ、世界中のスポーツと接する機会を得た。卒業後は損害保険会社、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を開始。取材対象はバスケットボールやサッカー、野球、ラグビー、ハンドボールと幅広い。2021年1月『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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