黒田監督の「5枚替え」が持っていた深い意味 町田がJ1首位、勝ち点3以上の収穫を得たFC東京戦

大島和人

リーダーを「フィットさせる」狙いも

黒田監督は昌子が先発から外れた時期の取り組みも評価していた 【(C)FCMZ】

 町田は主力に若手が多く、望月に限らず2024年が「初J1」という選手も多い。日本代表としてワールドカップロシア大会でもプレーした昌子は、その経験を若手に伝え、チームを引っ張るリーダーとして期待されている。

 しかし町田は開幕からドレシェヴィッチ、チャン・ミンギュのCBコンビが好パフォーマンスを見せていた。また昌子は4月3日の広島戦で先発起用されつつ、58分で交代させられていた。キャプテンで、なおかつチーム一の大物である昌子をどうチームの「いい流れ」に巻き込むかも、黒田監督が注力した部分だろう。

 3バックから4バックへの布陣変更があったにせよ、広島戦の途中交代はベテランCBにとって屈辱だったはず。昌子が仮にそれを受け入れず、監督やチームメイトとの関係がこじれるようなことになっていたら大問題だった。チーム内で浮いてしまったら、そのリーダーシップは逆効果にさえなる。

 昌子は状況を正面から受け止めて、地道な取り組みを続けた。

「CBとしてシンプルに替えられたって、ケガ以外だったら(途中交代は)3回目か4回目です。恒さん(宮本恒靖・現日本サッカー協会会長/当時はガンバ大阪監督)のときに2回ありますけど、確かそれくらいで。自分としてもちろん悔しい思いもあったけど、それは次の日の練習から、もう練習で晴らすしかない。誰かに当たるとか、カッコ悪いことはしない。フォーメーション(変更)がと言われるけど、そんなの関係なく自分がダメだったから替えられたので、そこをしっかり受け止めてやりました」

 黒田監督は記者会見で、昌子にこうコメントしていた。

「ルヴァンカップで90分使って見ての評価と、リーダー性も含めて起用しました。キャンプのときからイボ(ドレシェヴィッチ)と(昌子)源のCBは落ち着いていて、よかったです。開幕戦の前に昌子がケガをして、チャン・ミンギュがその代わりに穴を埋めてくれました。昌子はその間も腐ることなく、3番手になってもしっかりとチームを盛り上げ、ここまでチームを陰で支えてくれていました。外国人枠(※)の問題もあって、これからエリキも帰ってきますけれど、色々な意味で昌子をフィットさせていく必要がありました」(※町田は7名の外国籍選手と契約しているが、J1は1試合に5名までしか登録できない)

第10節以後に向けた収穫を得た町田

町田は現在首位だが、これからさらに「主力」が戻ってくる 【(C)FCMZ】

 昌子は黒田監督についてこう述べる。

「『連敗を絶対しないぞ』と言って、それを本当にしないのは簡単ではありません。監督は『連敗したら真ん中に下がる』『あっという間に二桁順位になって、あっという間に降格圏に行く』と――。崖から転がったら止まらないくらいのことを仰っていましたけど、町田はその気持ちを全員が持っています。それが監督のすごいところかもしれないですね。昨年から連敗がないと聞いたときは、正直びっくりしましたけど、マネジメント能力ですね」

 もちろんJ1は長期戦で、地力を見れば町田の上に位置するチームがいくつもある。各チームは「町田攻略法」を共有しつつあり、FC東京も神戸と同様に再三再四とサイドの深いスペースを突いていた。第9節の首位は単なる途中経過であって結果ではない。とはいえ黒田監督のマネジメントは昨季のJ2に続いて、今季のJ1でも輝いている。

 勝っているときに緩みを出させず、負けているときに奮起させる。巧みな言葉のチョイスで選手の危機感を煽り、自分を出し切るように持っていく。それは黒田監督が28年におよぶ青森山田高での指導で磨いたスキルだ。もっともFC東京戦後の会見では、そんな黒田監督も前向きな未来を口にしていた。

「この後オリンピック予選(AFC U23アジアカップ)に行っている平河(悠)と藤尾(翔太)、そして怪我明けのエリキが戻って、選手層は厚くなっていきます。彼らがいないところで勝ったことは、大きい意味を成すと思います」

 町田は望月という大器を飛躍させるため、成功体験を積ませる必要があった。リーダーの昌子をチームにいい形で戻し、中盤戦以降に向けてフィットさせることも大事だった。何より連敗をしない、チームの「悪い転機」にしないという大目的があった。

 選手起用はフェアな競争と評価が大前提だが、シーズン全体を見越した計算も当然ある。FC東京戦は様々な思惑がこもった、第10節以後につながる布石が打たれた試合だった。2-1の辛勝だったが、町田が勝ち点3以上の大きな収穫を得た90分だった。

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著者プロフィール

1976年に神奈川県で出生し、育ちは埼玉。現在は東京都北区に在住する。早稲田大在学中にテレビ局のリサーチャーとしてスポーツ報道の現場に足を踏み入れ、世界中のスポーツと接する機会を得た。卒業後は損害保険会社、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を開始。取材対象はバスケットボールやサッカー、野球、ラグビー、ハンドボールと幅広い。2021年1月『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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