エージェント・田邊伸明氏に訊く〈シーズン移行によって『ゼロ円移籍』は増えるのか?〉「世界の移籍市場でもおそらく70〜80%は…」
移籍金が発生する20〜30%に価値を持たせる
かつて中田浩二(右)をフリー移籍させて批判された田邊氏。ただし、世界の移籍市場の7〜8割はフリーやレンタル移籍。移籍金が発生する2〜3割に価値を持たせられるかが大事 【写真:ロイター/アフロ】
世界の移籍市場でどれくらいの選手がフリーで移籍しているかというと、たぶん70%、80%はフリーだと思います。ただ、世界的には、移籍金が発生する20%、30%にどれだけの価値を持たせるかを考えている。日本もそういうふうに考えなきゃいけないんじゃないかと思います。だから、「Jリーグがスタートするとき、育成組織を持って選手を育成することを義務付けたんじゃないの?」と。選手が移籍したら、その穴を育成組織で育てた選手を起用して埋めていく。
それこそ昔、僕は中田浩二をフリー移籍させて大バッシングを受けたんですよ。当時の鈴木(昌)チェアマンからも定例会見で「それを調整するのがエージェントの仕事だろう」と言われて。シーズン移行をしたら現実的に、多くの選手がフリーで移籍するとは思います。海外に行く選手が増えるのは間違いない。でも、それは世界からしたら当たり前の話なんです。
選手が仕事を得るために、働きたいところに行くのは当たり前のことですよね。堅苦しい言い方をすれば、憲法で保障されていることだし、契約が切れたタイミングにフリーで移籍するのは自由です。みなさんの仕事だって同じでしょう。それが普通なのだとしたら、その中から「移籍金を払ってでも獲得したいという選手を育てるためにどうしたらいいか」というふうに考えたほうがいいと思います。
――シーズン移行による影響は、移籍に対する考え方次第で変わると。
極端なことを言えば、日本のクラブが高く売りたいと思うなら、選手を高く売れるように起用するしかないんですよね。例えば、J1のある選手はとてもいい選手で、彼自身もヨーロッパに行きたいと思っている。僕もアンカーとしてなら絶対に行けると思っていますが、彼はチームでは3バックの右で使われているんですよね。
移籍金を収益の柱にするためには、「この選手はこのポジションで使ったほうが売れる」という考え方も持つべきだと思います。同じように、若い選手も積極的に起用して育てて、相応の金額で売るということも戦略として考えていかないといけない。だから、クラブが移籍金を収益にしたいなら、監督に若手の起用を求めなきゃいけないと思います。そういう意味では、監督だけでなくプロのGMや強化責任者を海外から連れてこないと変わらないのかもしれないですね。
――エージェントの立場から、移籍金を増やす取り組みはどのようにされていますか?
エージェントの立場からすると、まずクラブが移籍金を設定してくれれば、それ以上で獲ってもらえるように頑張ります。「5000万円で行けるようにしてください」と決めてくれたら、僕らはそれ以上で行けるように頑張るし、その結果、「最終的にこれくらいで行かせてください」と言えることもある。浅野拓磨、北川航也、川辺駿の場合は、クラブが設定した金額よりもかなり多く残しました。
なぜ、金額を決めてほしいかというと、向こうはセールスするときに「いくらですか?」と当たり前に聞いてくる。それにマンチェスター・ユナイテッドから「いくら?」と聞かれた場合と、ベルギーの中小クラブから「いくら?」と聞かれた場合では、同じ値段を答えないですよね。マンチェスター・ユナイテッドからはより多くのお金を引き出せるかもしれないので。だからこそ、細かく決めておきたい。
移籍させたくないからと、金額を決めてくれない場合は難しいです。ある選手の場合はそれを決めてくれないまま、契約が残り1年の段階で海外からオファーが来たんです。その時点では監督が「出しません」と言ったので、いったん移籍はなくなったんだけど、「次のウィンドーならいくら」と決めてくれたらいいのに、それも決めてくれなかった。その結果、フリーで出ていくしかなかったんですよね。
ブラジルは欧州に合わせてうまくできている
ブラジルでは1〜4月に州選手権、4〜12月に全国選手権が行われる。州選手権が終わってフリーになる選手も少なくなく、夏の欧州移籍を実現しやすい構造となっている(写真はサントス時代のネイマール) 【写真:アフロ】
最近は別の選手がいくらで移籍したかをクラブに見せて、「もし、これでダメだったらこのくらいで行かせてください」という交渉もしていますけど、エージェントだけが頑張ってもダメなんですよね。正直、半年後か1年後にフリーになるなら、どんなに重要な選手でもその時点で売って移籍金を得るべきなんですよ。ただ、日本のクラブはそれがなかなかできない。その原因の一つとしては、シーズンがズレているからというのもある。先ほど言ったように「8月31日に行かれても困るよ」って言われますから。
実際、そこで選手に出て行かれたら、Jリーグのウィンドーの期限もあって新たな補強はできないんですよね。でも、ヨーロッパを見ると8月31日に決まるケースがどれだけ多いか。そこには駆け引きがあるので。シーズンがズレていることによってヨーロッパに行きにくいし、行かれた場合に移籍金が取りにくくなるという問題は間違いなくあります。
――欧州のシーズンとのズレという点では、日本と近い1月末開幕で12月閉幕のブラジルはどうしているのでしょう?
ブラジルの場合、なぜシーズンが違っていてもヨーロッパへの移籍が成り立つかというと、まず州選手権が年の始まりにあって、それから全国選手権があるからです。州選手権が終わった時点で全国選手権に出られないチームは試合がなくなり、基本的に選手たちはフリーになる。ちょうど全国選手権が始まる頃がヨーロッパのシーズンが始まる夏と重なるので、移籍が可能になる。特に良い選手は全国選手権が始まってからでも買われていく。ブラジルはシーズンがズレていても、ヨーロッパに合わせてうまくできているわけです。
日本の今のシーズン移行の議論では、「選手が出て行ったらどうするんだ?」という話になるけど、そうじゃなくて「その選手の価値を高めるためにどうしたらいいの?」、すなわち「リーグの価値を高めるためにはどうしたらいいの?」という議論が本来は先にあるべきです。
今は雪国にとってどうかという話が大きくなっていて、そこから議論が始まると、確かにいろんな問題はあると思うけど、「Jリーグってどうしてできたの?」という視点が必要です。これからJリーグが発展して、日本代表が強くなって、日本サッカー全体が発展していくことが最も重要で、「その価値を上げるためには何が必要ですか?」ということを考えると、そのひとつの答えはシーズン移行ではないか、と思っています。
――そのタイミングが今だ、ということですね。
日本人はできているものを改造したり、デフォルメしたり、飛躍的に伸ばしていくのは得意だけど、ゼロからモノづくりをするのがあまり得意じゃないし、好きじゃない。みんなが横の様子をうかがって、「みんなはどうするの?」と見ているところがあるから、誰かがここで舵を切ってやらないと実現できないんじゃないかなと思います。
(企画・編集/YOJI-GEN)