FA導入から30年 現代移籍史

FA制度が一新される未来は訪れるのか? プロ野球界のさらなる繁栄へ、今こそ議論のとき

中島大輔

海外FA権取得を待たずしてポスティングでのMLB挑戦を目指す山本由伸(写真左)。大谷翔平(写真右)の移籍決定を受け、次なる関心は山本の新天地だ 【写真は共同】

選手会と球団側にとっての保留制度の是非

 12月8日に開催された第2回現役ドラフトは、本番の数日前から対象選手が各メディアで予想されるなど多くの注目を集めた。試合がないオフシーズン、ファンにとって最大の関心事は“人事”だ。

 一方、選手たちには現役ドラフトを求めた根拠がある。保留制度というプロ野球(NPB)独特の仕組みだ。統一契約書を交わすと球団が保留権を持ち続け、選手は自分の意思で移籍できないと野球協約で規定されているのだ。

 主力が故障した場合の“保険”で置かれる選手がファームに少なからずいるが、もっとチャンスを与えられれば輝けるかもしれない――。

 そうした思いこそ、日本プロ野球選手会が現役ドラフトを求める発端だった。

 ではなぜ、プロ野球には保留制度が必要なのか。選手会がフリーエージェント(FA)制度の導入を要求し、球団側の諮問機関である第1回FA問題等研究専門委員会が1992年に開催された際、保留制度のあり方から議論された。当時の日本ハムの球団代表で、同委員会に名を連ねた小嶋武士が説明する。

「球団の財産というのは、選手の技術と能力です。技術と能力を高めることによって選手の価値が上がっていく。それで球団の財産を大きくしていく。そうして魅力的な球団を多くのファンに見てもらうことによって、お金が入ってくる。これが保留権の成り立ちです。それを認めた上で保留権の価値を高めていって、どのタイミングで違う球団に選手を出してもいい体制にするかがFA制度を導入する上での課題の一つでした」

 契約金を含め、球団は選手を戦力にするまでに多額の投資をしている。それを回収することが保留制度の大義名分だ。

 そうしてプロ野球はビジネスとして成り立つなか、FA制度を導入した場合、年俸が高騰することはメジャーリーグ(MLB)の前例からも目に見えていた。FAになった選手は市場に出て、球団間の獲得競争が起こるからだ。

 事実、平均年俸は1993年の1963万円から2023年の4468万円にアップ。過去30年で日本人の平均年収が425万円から458万円とほぼ変わらない一方、プロ野球選手は大きく市場価値を高めている(日本人の平均年収は1992年と2022年のもの。国税庁の「令和4年分 民間給与実態統計調査」より)。

 そもそも1993年にFA制度が導入された目的は「球界活性化」だった。人材の流動化が業界を活性させる理由は、高くなる年俸を支払うために球団はビジネスを拡大させなければならないからだ。パ・リーグがそう描いて提案した「試合数の増加&交流戦の実施」は、のちに実現される。

 試合数は1996年まで130だったのが1997年から135になり、2001年に140、2005年には146に増え、現在は143に。かたや、交流戦は2005年に始まった。「1試合1億円」とされた巨人戦の放映権を手放したくないセ・リーグの球団は反対していたが、前年の球界再編騒動で流れが大きく変わった。

選手会が目指すFAに代わる制度の新設

FA宣言せずオプトアウト権を行使し巨人を自由契約となり中日に移籍した中田翔(写真左)。日本球界では馴染みの薄い移籍の形となった 【写真は共同】

 時代が平成から令和へと移りゆくなか、NPBもさまざまに変化している。

 FA制度の導入が検討されたのは、バブルが弾け、サラリーマンの終身雇用制が見直された頃だった。同じ1993年に始まったドラフト会議の逆指名制度は、裏金が飛び交って2007年に廃止された。

 その2年前、育成選手制度がスタートした。各球団が70人の支配下登録枠とは別に、ファームの試合だけ出場できる選手を育成目的で抱えられる制度だ。今オフに鍬原拓也(巨人→ソフトバンク)、鍵谷陽平(巨人→日本ハム)ら実績のある選手が育成契約を結ぶなど本来の趣旨と乖離する部分もあるが、MLBで言う“マイナー契約”と考えれば不可欠な選択肢になりつつある。

 今オフに目立ったのが、戦力外からの“再雇用”だ。2018年パ・リーグ最多セーブ投手の森唯斗(ソフトバンク→DeNA)、2017年から6シーズン続けて50試合以上に登板した左腕・嘉弥真新也(ソフトバンク→ヤクルト)、2013年と2017年のワールド・ベースボール・クラシックに日本代表として出場した炭谷銀仁朗(楽天→西武)らが新天地に移る。日本では球団幹部も「戦力外」と口にするが、彼らは「自由契約」になって新たな雇用先に求められたと言えるだろう。

 新たな選択肢では、中田翔が「オプトアウト(opt out=契約破棄)」して巨人を自ら退団、中日に移籍した。MLBではよくある契約条項で、中田は昨年オフに年俸3億円で3年契約を結んだ際に条件として設けた。出場機会を見込める中日と2年総額6億円の契約を結んでおり、今後、大物選手の選択肢として増えるかもしれない。

 あらゆる業界の成長にとって人材の流動化は不可欠で、プロ野球で選択肢が増えていることは選手にとって歓迎すべきだろう。なかでもトップクラスにとって、キャリアアップの手段がポスティングシステムでのMLB移籍だ。今オフには山本由伸(オリックス)、今永昇太(DeNA)、上沢直之(日本ハム)が申請した。

 一流選手が次々と海の向こうを目指す背景には、1993年時点で約1400億円の収益と同程度だった日米の球界に格差がついたこともある。NPBは2019年時点の1800億円規模に対し、MLBは1兆5000億円規模に拡大。主力を送り出す球団からすれば、補償なしのFAより譲渡金を得られるポスティングのほうがメリットがあるわけだ。

 そうした側面もあり、FA制度は30年前から現在までほとんど使われていない。今オフには106人が権利を保有するなか、7選手しか行使しなかった。

 その理由はFAを宣言する仕組みと、タンパリングという陰での事前交渉が横行していることが大きい。暗黙の了解として選手も球団も不正を働き続けているのは、FA制度が機能不全であるからに他ならない。

 そうした意味で今オフ、選手会が注目の発言をした。12月7日に労働組合・日本プロ野球選手会の定期大会を開催し、FA制度に代わる新たな制度の新設を目指すと明かしたのだ。選手会長の會澤翼(広島)はこう話している。

「スポーツを取り巻く環境が変化している中で、プロ野球の未来を見て選手会とNPBそれぞれゼロベースで設計し、それをたたき台にして交渉を続ける内容となった。一緒に作り上げていきたい」(12月7日のNHK電子版記事「プロ野球選手会 FAの権利 取得期間短縮“ゼロベースで検討を”」より)

1/2ページ

著者プロフィール

1979年埼玉県生まれ。上智大学在学中からスポーツライター、編集者として活動。05年夏、セルティックの中村俊輔を追い掛けてスコットランドに渡り、4年間密着取材。帰国後は主に野球を取材。新著に『プロ野球 FA宣言の闇』。2013年から中南米野球の取材を行い、2017年に上梓した『中南米野球はなぜ強いのか』(ともに亜紀書房)がミズノスポーツライター賞の優秀賞。その他の著書に『野球消滅』(新潮新書)と『人を育てる名監督の教え』(双葉社)がある。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント