“通”たちが語る「奥深きスポーツ漫画の世界」

キャイ~ン天野ひろゆきが語るあだち充作品の魅力 引き算の美学と映画のような詩的な表現

吉田治良

「モネのような印象派の絵画に近い」と、あだち充作品を評する天野さん。芸能界きっての熱烈なファンらしく、作品への思い入れを存分に語ってくれた 【YOJI-GEN】

 スポーツナビが実施したユーザー投票、「ファンが選ぶ! 最強スポーツ漫画ランキングトップ30」で、2位に選ばれた『タッチ』をはじめ3作品がランクインしたのが、あだち充氏の野球漫画だった。『タッチ』から約30年後の世界を描いた『MIX』は現在も連載中で幅広い層に支持されているが、この根強い人気の秘密はどこにあるのだろうか。ここでは芸能界きっての“あだち充作品マニア”として知られる、お笑いコンビ「キャイ~ン」の天野ひろゆきさんに、その魅力を語ってもらった。

ラブコメ系で唯一ハマった「あだち充作品」

──天野さんが、あだち充作品に最初に出会ったのは?

 僕はね、『陽あたり良好!』からなんですよ。2歳上の兄の影響で、たしか中学生くらいだったかな。ちょうど多感な時期でしたから、今でいうシェアハウスみたいな下宿先にかわいい女の子がいて、みたいな設定は刺激的でしたね(笑)。

──ラブコメ系から入ったんですね。

 そうなんです。異性を意識するようになったのは永井豪先生の『キューティーハニー』なんかがきっかけだったりするんですけど、リアルなのはやっぱりあだち先生の描く女性なんですよね。だから『陽あたり良好!』もそうだし、『みゆき』も全巻持っていましたね。男の理想っていうか、「こんなことがあったら楽しいだろうな」っていうのをね、先生は男心をくすぐるように具現化されるんですよ。あんなにかわいい2人のみゆき(若松みゆきと鹿島みゆき)に一途に想われるなんて、あの設定もやばいです(笑)。

──そこから『タッチ』をはじめとしたスポーツ漫画に?

 はい。いわゆる青春漫画とスポーツ漫画の融合というか、あの絶妙なバランスを描けるのは、あだち先生以外にあんまりいないような気がするんですよね。

 スポーツ漫画だと、どうしてもプレーとか試合の描写がメインになるじゃないですか。たとえば『巨人の星』だったら、主人公が父親を見返すために血のにじむような努力をするとか、『ドカベン』だったらライバル校をなぎ倒すとか、そういうのが王道でしたよね。必殺技とかあったり。そういう意味では、あだち先生の作品はちょっと異質でしたよね。

──試合以外の描写もかなり多いですよね。

 普通はね、そういう描写が多くなると、読んでいてちょっと冷めるんですよ。試合のシーンがやっぱり一番熱があるから。でもあだち先生の作品は、もちろん試合も面白いんだけど、試合後の描写、ちょっとした会話なんかも同じくらいに面白い。そのバランスが、あだち作品の魅力の1つなんじゃないですかね。

──ラブコメ要素が入ったスポーツ漫画に抵抗はなかったんですか?

 僕はいわゆる“ジャンプ系”の王道漫画が好きで、恋愛ものもほとんど読まない。だから、ラブコメ系で唯一ハマったのが、あだち先生の作品なんです。

読んでいると音が聞こえてくるような感覚

2021年の東京五輪では地元の愛知県・岡崎市で聖火ランナーを務めた。野球に限らず、サッカーやラグビーなどのライブ観戦も趣味で、スポーツ全般に造詣が深い 【写真は共同】

──なぜ、あだち先生の作品は特別なんでしょうね。

 どうしてでしょう(笑)。やっぱり男目線というか、さっきも言いましたけど、男の理想を描いてくれるからでしょうね。

──セリフが少なくて読みやすいというのもありますか?

 そう、引き算の美学! たぶん『HUNTER×HUNTER』と比べたら文字数は半分以下なんじゃないですか(笑)。今の漫画は『呪術廻戦』もそうですけど、すごいんですよ、文字量が。その点、あだち先生の作品は読みやすい。絵本と同じくらいの速さで1巻読めちゃう(笑)。でも、読んでいると音が聞こえてくるような感覚があるんですよね。球場の歓声が頭の中に響き渡るような。

 その一方で、空き巣とか、その一話にだけ出てくるような悪いやつを描く時は、結構いい加減というかギャグ風に描いたりするんですよね。でも、それがあるからこそ、たとえば上杉達也が本気になった時の表情とかが、余計に生きてくるんですね。Gペン(ペン先に付いたインクを使って描くつけペンの一種)で描かれているのかどうか分かりませんが、デジタルでは表現できないような繊細な筆使いで、あれがまたいいんです。

──風景描写だけで見開きが終わることもありますよね。

 まさに映画みたいですよね。いい映画って、大事なシーンに直接は関係のない夕景とか小さな虫が這っているような絵を差し込んだりするんですけど、あだち先生の漫画もそういった「間」をうまく入れてくるんです。どこか四コマ漫画的というか、たとえばコロコロと転がるボールや、グラウンドの片隅に置いてあるグローブだけを描いて、いろんなことを読者に想像させる。そういう詩的な表現が本当にうまいんですよ。

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著者プロフィール

1967年、京都府生まれ。法政大学を卒業後、ファッション誌の編集者を経て、『サッカーダイジェスト』編集部へ。その後、94年創刊の『ワールドサッカーダイジェスト』の立ち上げメンバーとなり、2000年から約10年にわたって同誌の編集長を務める。『サッカーダイジェスト』、NBA専門誌『ダンクシュート』の編集長などを歴任し、17年に独立。現在はサッカーを中心にスポーツライター/編集者として活動中だ。

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