“通”たちが語る「奥深きスポーツ漫画の世界」

キャイ~ン天野ひろゆきが語るあだち充作品の魅力 引き算の美学と映画のような詩的な表現

吉田治良

イケメンの天才よりも三枚目の叩き上げ

──あだち作品の中で、好きな作品のトップ3を挙げると?

 うーん、難しい!(笑)。全作品の中だと、やっぱり最初に読んだ『陽あたり良好!』、『みゆき』、『タッチ』になりますね。スポーツ漫画縛りだと、『タッチ』、『クロスゲーム』、『MIX』かな。

(『タッチ』から約30年後の世界を舞台にした)『MIX』なんかは、『タッチ』を読んでいた世代にはたまらないでしょうね。いろんな作品の続編がありますけど、あだち先生はその手法も独特で、ただ続きを描くのではなく、ちょっとひねりを効かせていて。『タッチ』の登場人物を小出しにしてくるんですが、僕は大好きな勢南高校の西村勇が、今度は監督になって出てきてくれたのが嬉しかったですね。しかも、息子(西村拓味)が同じく勢南のエースで、同じようにヒロインに片想いするという。帽子をくしゃっとして悔しがるところもそっくりで。

──西村勇が好きなんですね。

 好きですね。『タッチ』でヒロインの南ちゃん(浅倉南)を一途に想うところもそうだけど、西村のことを好きなマネージャーの女の子に対する態度もカッコいいんですよ。ちょっとうっとうしがりながらも、さりげなく気遣ったりして。

──西村の他に好きなキャラクターはいますか?

 系統が似ていますけど、ボクシング部の原田(正平)も好きですね。西村以上に不器用で。実写だったら、それこそ若い頃の原田芳雄さんとか宇梶剛士さんに演じてほしかった(笑)。

──脇役が好きなんですね。

 そうなんですよ。『ドカベン』だと殿馬(一人)だし、『クロスゲーム』ならお調子者の千田(圭一郎)。どうしても自分に重ねる部分があって、『タッチ』の新田(明男)みたいな分かりやすいライバルも、ちょっと違うかなと。

──ヒロインでお気に入りは?

『陽あたり良好!』の岸本かすみちゃん。スポーツ漫画だと、南ちゃんはちょっと思わせぶりすぎて男を惑わすタイプだから(笑)、『クロスゲーム』の月島青葉ちゃんの方が好きかな。まあ、いずれにしても三角関係になるんですけど。

──どの作品でも結構ですが、特に印象に残っているシーンはありますか?

 恋愛の部分で言うと、二段ベッドで達也と南ちゃんがキスをしたところなんかは、やっぱりすごく印象に残っていますね。あとは(上杉)和也が亡くなった時の霊安室のシーンにも、心が締め付けられました。音がないのに、絵だけで悲しみを表現してしまうのはすごいなって思いますよ。

 野球のシーンだと、『タッチ』で新田が西村を認めたところも良かったですね。イケメンの天才と三枚目の叩き上げの戦い。結局西村は打ち負かされてしまうんですが、僕はもちろん三枚目を応援していましたよ(笑)。

──和也もそうですが、重要人物が急に亡くなったりもしますよね。

 そうなんですよ。全然そんな空気が流れていないのに突然ガツンとくる。それで言うと、和也が亡くなってからのキャッチャー、松平孝太郎もいいですよね。達也に対して言いたくないけど冷たい言葉をぶつけちゃうみたいなね。アニメで声優をやられた林家こぶ平さん(現・九代目林家正蔵)の声が、まためちゃくちゃ合ってた。

 あとはなんていうか、定石をあえて外してくることもありますよね。『タッチ』だと、高校3年の最後の夏の甲子園予選で、達也の明青学園と西村の勢南を対戦させないとか。そして続編の『MIX』で、西村が監督になった勢南を、30年後の明青と対戦させる。あの回収の仕方も心憎いですよね。

50歳近い南ちゃん、見たいような……

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──あだち先生の作品を読んで受けた影響は?

 教えてもらったのは、「青春って短いよ」ってこと。だからその短い間に、ときめいたり、好きな子のことを考えたりして、目一杯楽しんだ方がいいなって。漫画に勇気をもらって告白をしたりもしましたけど、うまく行っても行かなくても、フラれたバージョンも先生が面白く描いてくれているから、どっちに転ぼうと救いがある(笑)。

──今、この時代でもあだち充作品が広く受け入れられる理由ってなんでしょう?

 漫画家として完成するというか、達人の域に到達するのが他の方よりも早かったんじゃないかと思うんですよね。もう『タッチ』の連載初期には、すでに今のクオリティになっている。ずっと完成度が高いままだから、僕たちの世代だけでなく、今の子たちも取り込めるんじゃないですかね。

 この前、クロード・モネの展覧会に行ったんですけど、あだち先生の作品は印象派の絵画に近いのかもしれません。僕らが思い描く絵を具現化してくれてるっていう感覚がずっとあって。絵だけじゃなくて、ストーリーもそうです。たぶん100年後も三角関係ってあるでしょう。そういう普遍的なものって、やっぱり色褪せない。

──『MIX』はまだ連載中ですが、今後どんな展開を期待していますか?

 まだ主要人物の「その後」が分かってないですからね。達也や南ちゃんが出てくる可能性もあるわけでしょ? ただ、50歳近くになった南ちゃん、見たいような見たくないような……(笑)。

──どんなラストになるでしょうね。
 
 うーん、あだち先生のことだから一筋縄ではいかないでしょう。そもそも、達也と南ちゃんが結婚して、続編はその子どもが主人公っていうのが王道ですけど、そうじゃないですからね。(『MIX』では記憶喪失という設定で登場した)原田の記憶もいつか戻るでしょうし、そこから達也にたどり着きそうな気配もありますけど……。でも、背中くらいしか見せないのかな。そんなところも含めて、楽しみにしています。

──ところで、あだち先生に会われたことは?

 残念ながら、お会いしたことはないんです。でも色紙はいただいて、今も大事に持っていますよ。(高校競泳界をテーマにした漫画)『ラフ』の実写化に絡めて、あるバラエティ番組で高飛び込みをやらされたご褒美に(笑)。

──もしあだち先生に会う機会があったら、聞いてみたいことはありますか?

 あだち先生、下着を書くのがうまいんですよ。なんていうんですかね、温度が伝わるというか(笑)。汗を拭こうとポケットからハンカチを取り出したら、それが女性の下着だったっていうシーンがよくあるんですが、あれってあだち先生が最初に考えついたのか、お会いしたらぜひ聞いてみたいですね(笑)。

天野ひろゆき(あまの・ひろゆき)

【YOJI-GEN】

1970年3月24日生まれ。愛知県岡崎市出身。日本大学を卒業後、91年にウド鈴木とお笑いコンビ「キャイ~ン」を結成する。「キャイ~ン」ではツッコミ担当。漫画、アニメ、ゲームなどに造詣が深く、料理の腕前も一級品。現在はテレビやラジオなどの様々な番組で活躍しており、YouTubeチャンネル『キャイ~ンのティアチャンネル』も好評配信中だ。

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著者プロフィール

1967年、京都府生まれ。法政大学を卒業後、ファッション誌の編集者を経て、『サッカーダイジェスト』編集部へ。その後、94年創刊の『ワールドサッカーダイジェスト』の立ち上げメンバーとなり、2000年から約10年にわたって同誌の編集長を務める。『サッカーダイジェスト』、NBA専門誌『ダンクシュート』の編集長などを歴任し、17年に独立。現在はサッカーを中心にスポーツライター/編集者として活動中だ。

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