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イングランド代表がメジャー大会で勝てない理由 世界一のプレミアリーグが引き起こす「副作用」とは?

森昌利

昨年のカタールW杯では優勝候補の一角と見られていたイングランド。しかし、エムバペを擁するフランスに1-2で敗れ、準々決勝で姿を消した 【写真:ロイター/アフロ】

 イングランド代表は世界の列強の一つに数えられながら、長くメジャー大会で頂点に立っていない。ワールドカップでは一度優勝しているが、それは1966年大会と50年以上も前の話。EURO(ヨーロッパ選手権)では、2021年に開催された直近の大会で準優勝したのが最高成績だ。イングランド代表はなぜ勝てないのか。この国のクラブシーンにおける特異性が大きな要因だと森昌利氏は分析する。

強いところと当たると惜敗…同じことの繰り返し

 2001年8月に日本代表FW西澤明訓がボルトンに移籍してくれたおかげで、フットボール・ジャーナリストのマーク・オグデン氏と出会った。

 当時の彼はまだ20代前半で、出身地のマンチェスター郊外ロッジデールにある小さな通信社の駆け出しの記者だった。地元が同じだったということで、ジュニア時代のポール・スコールズと対戦したことがあるというマークと次に遭遇したのは2012年。香川真司が鳴り物入りでボルシア・ドルトムントからマンチェスター・ユナイテッドに移籍した夏だった。

 それから10年間でマークは英高級紙『デイリー・テレグラフ』のシニアライターに出世していた。しかもこの翌年の2013年5月には御大アレックス・ファーガソン監督の勇退をスクープして、英国人ジャーナリスト最大の栄誉である「英国最優秀フットボール・ライター賞」を受賞した。現在のマークは『ESPN』に移籍し、健筆を振るうとともにコメンテーターとしても活躍している。

 こうして英国で名の知れたフットボール・ジャーナリストとなったマークには、2014年から現地取材をする英国人記者としてW杯コラムを依頼している。日本代表とイングランド代表の観戦記を書いてもらって筆者が翻訳するという形で、ブラジル(2014年大会)、ロシア(2018年大会)、そして昨年のカタールの3大会にわたってコンビを組んだ。

 いつもは冷静で客観的な視点を大切にするマークだが、その彼が昨年12月10日、イングランドがフランスに1-2で敗れると、コラムの打ち合わせの電話で珍しく語気を強めて母国の代表をなじった。

「いつもと同じだ! 強いところと当たると惜敗、というパターン。今度こそはと思ったが、本当に同じことの繰り返しで嫌になる!」

 確かにマークの言う通り。イングランドはメジャー大会の決勝トーナメントで強豪国と当たると必ずと言っていいほど惜敗する。しかもPK戦負けもやたらと多い。

サウスゲートの監督就任を機に停滞期を脱したが

98年W杯ではアルゼンチンにPK戦の末に屈し、ラウンド・オブ16で敗退。敵の激しいチャージに激昂した若き日のベッカムが、報復行為に及んで一発退場になったのが響いた 【Photo by Mark Leech/Offside via Getty Images】

 筆者は1996年のEUROから英国でイングランド代表のメジャー大会を見続けている。その歴史をざっと振り返ってみると、イングランド開催だった1996年EUROは準決勝でドイツにPK戦負け。続く1998年フランスW杯ではトーナメントステージ初戦(ベスト16)でアルゼンチンにPK戦負け。これはデイヴィッド・ベッカムの悪夢のレッドカードでも有名な試合だ。

 2002年の日韓W杯は準々決勝でブラジルを相手に先制しながらも1-2で逆転負け。2004年EUROは準々決勝でポルトガルにPK戦負け。続く2006年ドイツW杯も準々決勝でポルトガルにPK戦負け。この試合ではウェイン・ルーニーが退場となり、その際に当時マンチェスター・Uでチームメイトだったクリスティアーノ・ロナウドが自軍ベンチに“ウインク”したことが論議を呼んだ。

 その後、2008年EUROはなんと欧州予選敗退。ちなみにこの年の欧州チャンピオンズリーグ決勝はマンチェスター・U対チェルシー。欧州最強を決める試合にイングランドのプレミアリーグから2チームが勝ち進んだわけだ。当然イングランド代表にもルーニー、リオ・ファーディナンド、マイケル・キャリック、ウェズ・ブラウン、フランク・ランパード、ジョン・テリー、アシュリー・コールなど、この2チームから代表に招集されていた選手が多数いた。ところがこちらでは決勝どころか予選落ちとなったのである。

 この予選敗退後、イングランドは後退した。2010年南アフリカW杯、2012年EURO、そして2014年ブラジルW杯を経て2016年EUROでも、サッカーの母国がメジャー大会で大きなインパクトを残すことはなかった。まさに敗北の歴史である。

 しかしベッカム、マイケル・オーウェンをはじめ、ルーニー、スティーブン・ジェラード、ランパード、ファーディナンド、テリーといった2000年代の黄金世代が完全に消滅し、筆者とマークが出会った時にボルトン監督だったサム・アラダイスがおとり取材に引っかかってわずか2か月で代表監督を解任されて、U-21代表監督だったガレス・サウスゲートがその後任に迎えられると、“小粒になった”と言われていたイングランド代表が2018年のロシアW杯で風向きを変えた。

 結果的に準決勝で老練なクロアチアに敗れたが、ラウンド・オブ16で当たったコロンビアに鬼門のPK戦で勝利。そしてコロナで1年遅れの開催となったEURO2020ではイタリアにPK戦で負けたものの、欧州最強を決めるトーナメントで初の決勝進出を果たした。

 こうした“ホップ・ステップ”の経緯があり、普段はシニカルなマークもカタールW杯のフランス戦には期待していた。先制された試合だったが、一時はケインのPKで1-1に追いついた。しかし結果的にはフランスに力負けした形で、1-2で敗れてW杯から退いた。

 もちろん相手のフランスは前大会のロシア大会を制したチャンピオン。現在のサッカー界では世界一の選手とも言えるキリアン・エムバペを擁し、この大会でも決勝進出を果たしたチーム。結果だけを見ればこの負けは順当だったのかもしれない。けれどもイングランドの視点で見れば――サッカーの母国であり、1966年という50年以上前とはいえW杯の優勝経験があり、自らを世界の強豪国の一つと自負する国としては、フランスに勝つ可能性も十分にあったと考えるのである。

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著者プロフィール

1962年3月24日福岡県生まれ。1993年に英国人女性と結婚して英国に移住し、1998年からサッカーの取材を開始。2001年、日本代表FW西澤明訓がボルトンに移籍したことを契機にプレミアリーグの取材を始め、2023-24で23シーズン目。サッカーの母国イングランドの「フットボール」の興奮と情熱を在住歴トータル28年の現地感覚で伝える。大のビートルズ・ファンで、1960・70年代の英国ロックにも詳しい。

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