【月1連載】久保建英とラ・レアルの冒険(毎月第1木曜日更新)

開幕8試合で「ラ・リーガ最高」の評価 久保建英の完全覚醒を支える要因とは?

高橋智行

第8節のバスクダービーでは、厳しいマークに手を焼きながらもチームの2点目をたたき出した久保。今季早くも5度目のMVP受賞と、まさに完全覚醒を遂げている 【Photo by Juan Manuel Serrano Arce/Getty Images】

 昨夏のレアル・ソシエダ加入をきっかけに、ワールドクラスへの階段を上り始めた22歳の若武者を、現地在住の日本人ライターが密着レポートする月1回の新連載コラム、『久保建英とラ・レアルの冒険』(※毎月第1木曜日更新)。第1回は、ラ・リーガのMVPに5度選出された、2023-24シーズンの開幕からの約1カ月半を振り返る。文字通りの完全覚醒を遂げた要因はどこにあるのか。そして、「ラ・リーガ最高の選手」の1人に数えられるまでの活躍によって再燃する、あの噂の真相は──。

メディアが煽る「久保vsベリンガム」の構図

 久保建英がレアル・ソシエダでの2季目をスタートしてから2カ月近くが経過したが、スペインでは賞賛の声が止まない。

 9月末までの成績は公式戦8試合出場(すべて先発)、5得点・1アシスト、ラ・リーガのMVP選出5回、9月の月間MVPノミネートと申し分ないものだ。決定力が飛躍的に向上し、リーガ得点ランキングで2位につける久保は現在、ジュード・ベリンガム(レアル・マドリー)と並び、ラ・リーガ最高の選手の1人とまで言われている。

「2桁得点は取りたい」と公言して臨んだ今季、久保はその言葉を体現すべく、4-3-3の右ウイングのポジションを確固たるものにし、ダビド・シルバの引退で新たな変化が求められたチームを牽引。8月半ばのジローナとのラ・リーガ開幕戦でさっそくゴールを奪い(開幕弾は2季連続)、続く第2節のセルタ戦でも初アシストを記録するなど勢いづく久保にとって、9月2日のラ・リーガ第4節グラナダ戦は、まさに記録尽くしのゲームとなった。

 キャリア初のドブレテ(1試合2得点)とオウンゴール誘発でチームに今季初勝利(5-3)をもたらし、その自身2点目が本拠地レアレ・アレーナの通算1000得点目となってクラブの歴史に名を刻む。さらに乾貴士が保持していたラ・リーガの日本人最多得点記録(16ゴール)も2つ更新。開幕から4戦連続のMVPも納得の受賞だった。

 ドイツとトルコを連破した日本代表での戦いを経て迎えたのが、9月17日の第5節、キャリア通算9回目の対戦となる古巣マドリーとの大一番だった。これまでもマドリー戦ではなにかと注目されてきた久保だが、今回その傾向がより一層強かったのは、現地メディアがこぞって「久保vsベリンガム」の若手スター対決の構図を作り上げ、世論を煽った影響もあっただろう。

 さらにスペイン紙『マルカ』が試合当日、「ベルナベウ行きの最終列車」という見出しで、久保の古巣復帰の可能性を示唆する記事を掲載。すべては本人の希望次第だが、来年まで久保の先買権などを保有しているマドリーにとっては、今季終了後が契約解除金6000万ユーロ(約96億円)に設定されている22歳の逸材を、安く買い戻すラストチャンスとなる。そうしたことも、注目度を高める要因の1つとなった。

マドリーサポーターから要注意人物と認定

マドリー戦では“幻のゴラッソ”でサンティアゴ・ベルナベウを凍りつかせた。今季終了後の古巣復帰に現実味を持たせるような圧巻のパフォーマンスだった 【写真:ロイター/アフロ】

 前日会見で敵将カルロ・アンチェロッティは、最も警戒すべき選手として久保の名を挙げていたが、実際に翌日の試合で世界中の人々が、この日本人プレーヤーの圧巻のパフォーマンスを目撃することとなる。

 開始5分、ラ・レアル(ソシエダの呼称)の特徴であるキックオフ直後からのハイプレスが見事にはまり、久保が右サイドからのスルーパスで先制点をお膳立て。さらに11分、右サイドからカットインしてゴール左下隅に突き刺したゴラッソが、サンティアゴ・ベルナベウの観衆を一瞬にして凍りつかせた。

 残念ながら、シュートがミケル・オヤルサバルの背中に当たり、ゴールはオフサイドの判定で取り消されたが、それでもこの一撃によってマドリーサポーターから“要注意人物”と認定された久保は、その直後からボールを持つたびに激しいブーイングを浴びることになる。

 しかし久保は、そうした状況さえも楽しんでいるように見えた。特に前半は随所に持ち味を発揮し、対面の左SBフラン・ガルシアや元ドイツ代表MFトニ・クロースを翻弄。最終的にチームは逆転負けを喫したが(1-2)、この試合を目にしたすべての人たちに特大のインパクトを与えたのは間違いない。

 こうして開幕から好調を維持している久保だが、そこは日本人とバスク人の似通った気質でもあるのだろう。久保本人にもチームにも浮かれた様子は一切ない。個人よりもチームの和を重んじるバスク人のイマノル・アルグアシル監督はその実力を十分認めながらも、「タケが素晴らしいパフォーマンスを披露できているのは、周囲のサポートに恵まれているからだ」と常々口にし、必要以上に賞賛することはない。これに対して久保も、「監督が厳しい要求をするのは、僕がさらに良い結果を出せると思ってくれているから」と冷静に受け止めている。

 また、サン・セバスティアン(ソシエダのホームタウン)での生活環境も成功を支える要因だろう。スペイン北部に位置するバスク地方は、一般的に語られる太陽の国スペインの印象とは違い、街にもそこに暮らす人々にも落ち着きがあるのだ。久保自身、こう話している。

「この街の静かなところをすごく気に入っているよ。通りを歩いてもみんなそっとしておいてくれるから。写真をお願いされることはあるけれど、“さあ、今週末は勝とう!”って、応援の言葉をかけてくれることのほうが多いんだ」

 かつて同じバスクのクラブ、エイバルで乾も結果を残したが、日本人には馴染みやすい土地柄と言えるのかもしれない。

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著者プロフィール

茨城県出身。大学卒業後、映像関連の仕事を経て2006年に渡西。サッカー関連の記事執筆や翻訳、スポーツ紙通信員など、ラ・リーガを中心としたメディアの仕事に携わっている。

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