現地発! プレミア日本人の週刊リポート(毎週水曜更新)

イングランド代表がメジャー大会で勝てない理由 世界一のプレミアリーグが引き起こす「副作用」とは?

森昌利

まずクラブありきで代表は二の次という意識

ランパード(右)とファーディナンド(左)はウェストハム・アカデミーの同期だが、のちに前者がチェルシー、後者がマンUの主力になると、代表で一緒になっても口をきかなかったという 【写真:ロイター/アフロ】

「しかしマサ、どうして我々はいつも今一歩、メジャー大会で力が及ばないんだろう?」

 このマークの問いに筆者は思わず、「それはイングランドのリーグが世界一だからだ。日常に世界一のサッカーがあること。それがイングランドを世界一にすることの妨げになっていると思う」と答えていた。

 まずその競合性である。現在のプレミアリーグには、マンチェスター・シティを筆頭に、マンチェスター・U、リバプール、アーセナル、トットナム、チェルシーの6クラブが『ビッグ6』と呼ばれ、優勝争いができるポテンシャルがあるとされている。しかもサウジアラビアの王室系投資グループが買収したことで、今季の欧州CL出場権を確保したことでも明確だが、ニューカッスルもこのビッグ6に加わる勢いを見せている。

 また昨季は三笘薫が所属するブライトン、それにアストン・ヴィラがヨーロッパリーグ出場権争いに名乗りを上げたように、中堅クラブも強い。さらに言えば、最下位となっても日本円にして270億円余のテレビ放映権料が分配されることで、どのクラブにもイングランドの最強リーグで戦える最低限の戦力を整えることが可能となる。つまりどんな強豪クラブでも全く手が抜けない、どの試合も気が抜けない過酷な状況が生まれるのだ。

 こうした資金的な背景に加え、世界最古の歴史を誇るプロリーグには、伝統的なライバル関係もある。有名なところで言えば、マンチェスター・Uとリバプールの関係。マンチェスター・Uが最多の20回、リバプールが19回を数え、1部リーグの最多優勝回数を激しく争う両者には、こちらこそイングランド最強というライバル心が強い。その上、マンチェスターとリバプールというイングランド北西部に位置する近隣の地方都市としての競争心もある。

 また北ロンドンの覇者の座を競うアーセナルとトットナム、マンチェスターの覇権を争うマンチェスター・Uとマンチェスター・C、同様にいがみ合うリバプールとエバートン等々、激しくて熱いローカル・ダービーも多々存在する。

 こうしたクラブ間の競争は、イングランド・フットボールの熱源となっている。この国では常々、当たり前のように「フットボールは宗教」と言われるが、それは地元クラブに対する深く熱い愛情がその基盤にある。

 当然、選手も、特にイングリッシュの選手は、このクラブ愛に大きく影響されるわけだ。

 これが代表チームのまとまりを妨げる大きな障害となる。

 以下は5年前の証言ではあるが、ジェラード、ランパード、そしてファーディナンドの黄金世代を代表する元イングランド代表3選手がBTスポーツの解説で勢ぞろいした時に、当時の代表チームでどんな思いでいたかを語ったものである。

 まずファーディナンドが、「フランク(ランパード)とはウェストハムのユースでともに育って、寝食をともにした仲だ。ところが僕がマンチェスター・Uに移籍し、彼がチェルシーへ行くと、代表では一言も言葉を交わさない関係になった」と口火を切った。

 このファーディナンドの発言にランパードは、「ファーギー(ファーガソン監督)が俺とは口をきくなって言ったんだろう?」と冗談混じりに言うと、ファーディナンドは「それはない」と即答したが、「ただ“代表には行くな”と言っただけだ」と続けた。

 この発言を聞けば分かる通り、プレミアリーグでプレーする選手、特に優勝を争うクラブの選手には“まずクラブありき”で、代表は二の次という意識が徹底的に植え付けられている。

 ファーガソン時代のマンチェスター・Uには今世紀だけでもベッカムをはじめ、スコールズ、ガリーとフィルのネビル兄弟、ニッキー・バット、オーウェン・ハーグリーブス、キャリック、そしてワンダーボーイのルーニーなど、まさに綺羅星の如くイングランド代表選手が揃っていた。

 しかし選手にとって絶対的な存在だったファーガソン監督はクラブに忠誠を誓わせ、それ以上のパフォーマンスを代表で見せることを許さなかった。

 実際、ベッカムがレアル・マドリーへ移籍したのは、他にも複合的な理由があったが、当時イングランド代表主将に任命され、代表に重きを置いたことでファーガソン監督との関係が悪化したことが最大の原因だった。

 さらにジェラードはこう言った。「イングランド代表に敬意はあった。しかし代表に招集されると“またか”という(辟易とした)気分になった。それに選手としては常に“個”としてプレーして、チームという意識は薄かった」と。しかしそれも、普段は敵として激しく競い、戦っている相手を簡単にチームメイトとして受け入れられなかったことが大きかった。

 それほどまでにプレミアリーグは苛烈であり、普段のクラブ・サッカーの激しさが代表チームに副作用とも言うべき分裂を強いるのである。

三笘の代表辞退は好判断

今季、欧州カップ戦との掛け持ちという初めての経験をしている三笘は疲労が蓄積している。今回の招集辞退は、彼自身だけでなく今後の日本代表にとっても賢明な判断だったのではないか 【写真:ロイター/アフロ】

 しかし逆に言えば、イングランドのファンは、代表チームが世界一になる姿を見ることはできなくても、毎週のように、ある意味ワールドカップ以上の熱気をはらんだスタジアムで、まさしく世界最高レベルの試合を見ることができる。

「まず一つのチームになれない。その上、イングランドの選手たちはプレミアリーグの真剣勝負で全てを絞り尽くされてしまって、メジャー大会の7試合を勝ち抜くアドレナリンも足りなくなるんだ」

 筆者がそう言うと、マークは「うーん」と唸って、電話の向こうのカタールで黙り込んだ。

 しかし今夏には、主将でポイントゲッターのハリー・ケインがトットナムからバイエルン・ミュンヘンに移籍した。そして将来のエースと目されるジュード・ベリンガムはレアル・マドリーに移籍。ひょっとすると、プレミアリーグの外に出たこの2人の中心選手がイングランドをまとめる力を発揮するかもしれない。

 南米やフランスの代表選手の大半は、外国のリーグでプロフェッショナルとしての選手生活を送ることで、母国のユニホームに袖を通した瞬間、少年の頃の純粋な気持ちに戻ってプレーする力が宿る。イングランドを出たケインとベリンガムにその力がこもるのか、今後の活躍に期待したい。

 余談になるが、先週、リバプール戦でヘトヘトになっていた三笘が今月の代表招集を辞退した。しかしこれも見方を変えると、欧州カップ戦に初参戦して、激しいイングランド・サッカーとの掛け持ちとなったシーズンへの対応策として、あえて休養を選んだのだろう。

 しかも今回は日本で行われる親善試合。それならばクラブに留まり、コンディションを整えるほうが今後の代表戦にも有意義ではないだろうか。それに遠い英国でプレーする三笘が母国のユニホームに袖を通してモチベーションが上がらないということは考えられない。

 その一方で、これまでにプレミアリーグでプレーした日本人選手が代表に行って、特に遠い日本で試合をして帰って来る度に、クラブでベンチ外になるケースを数えきれないほど見てきた。それはイングランドとの比較で代表にこだわる日本人の“悪癖”にも見えた。しかし疲労が蓄積したところで三笘は辞退を決断した。これで代表ウイーク明けにはブライトンに溌剌とした26歳MFが帰ってきそうだ。

 筆者は今回の代表辞退は勇気ある好判断だったと見る。またこうしたところも、三笘がこれまでの常識を打ち破る選手になりそうだと感じさせる部分である。

(企画・編集/YOJI-GEN)

2/2ページ

著者プロフィール

1962年3月24日福岡県生まれ。1993年に英国人女性と結婚して英国に移住し、1998年からサッカーの取材を開始。2001年、日本代表FW西澤明訓がボルトンに移籍したことを契機にプレミアリーグの取材を始め、2024-25で24シーズン目。サッカーの母国イングランドの「フットボール」の興奮と情熱を在住歴トータル29年の現地感覚で伝える。大のビートルズ・ファンで、1960・70年代の英国ロックにも詳しい。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント