スペイン戦での逆転と、森保監督が思い出した「ドーハの悲劇」 短期連載「異例づくめのW杯をゆく」

宇都宮徹壱

試合前に記者席のモニターに映し出された森保監督。リラックスした表情を見て密かに安堵する 【宇都宮徹壱】

スペイン戦を前に日本代表の状況が絶望的でなかった理由

 12月1日、FIFAワールドカップ(W杯)カタール大会12日目。グループステージも残り2日となり、この日はグループEの2試合が行われ、日本はスペインと対戦した。

 初戦でドイツに2-1と逆転勝利を収めるも、コスタリカには0-1で敗戦。目の前のスペインに勝利しなければ、日本は無条件でのグループ突破はない。首位のスペインもまた、1勝1分けの勝ち点4。裏のコスタリカvsドイツの結果次第では、逆転される可能性も残っているため、彼らもまた勝利を強く望んでいたのは間違いない。

 キックオフは22時。その時を待つまでの間、ふと思い出したのは過去のW杯、とりわけグループステージ3戦目の記憶だ。チケット観戦だった1998年フランス大会を含めて、過去6大会すべてのグループステージ最後のゲームを、私は現地で見届けている。

 その6試合の内訳はこうだ。歓喜と達成感に満ちていたのが、2002年のチュニジア戦(○2-0)と2010年のデンマーク戦(○3-1)。逆に屈辱と失望感に見舞われたのが、1998年のジャマイカ戦(●1-2)と2006年のブラジル戦(●1-4)と2014年のコロンビア戦(●1-4)。そして、何ともモヤッとした気分で終わったのが、2018年のポーランド戦(●0-1)であった。

 過去の大会を振り返ってみた時、あらためて気付かされたことがある。それは現時点での日本の状況は、必ずしも悲観的ではないということだ。何しろ2試合を終えた時点で、2位のポジションをキープしていたのだから。単純な話、第3戦が2試合とも引き分けに終わった場合(その可能性は十分にある)、日本はそのままグループ突破を果たすことになっていた。

 しかも、スペインに1点でも上回ることができれば、文句なしでトーナメント進出が決まる。確かに相手は極めつきの強豪だ。それでも、ブラジルやコロンビアに大量得点で勝利しなければならなかった、2006年や14年の時のような絶望的状況ではない。

「スペインに1点でも上回るためには、どんな戦い方をすればよいのか」──。これこそが、日本代表を率いる森保一監督とスタッフに課せられた、シンプルかつ唯一のテーマ。「引き分けでもOK」だったコスタリカ戦とは、そこが決定的に異なっていた。選択肢がない状況は、むしろ日本にとっては追い風になったのかもしれない。

ドイツ戦に続く逆転劇を演出した森保采配

今大会の堂安律はドイツ、スペインから得点を挙げる大活躍 【Getty Images】

 試合会場は、日本が8日前にドイツを撃破した、ハリーファ国際スタジアム。しかし先制したのはスペインだった。日本のボックス右隅からセサル・アスピリクエタが、ふわりと浮かしたパスをゴール前に送り、これをアルバロ・モラタがほぼフリーの状態で高い打点からヘディングで合わせた。前半11分のことだった。

 この日の日本代表のスターティングイレブンは、以下のとおり。GK権田修一。DFは3枚で、谷口彰悟、吉田麻也、板倉滉。ボランチは守田英正と田中碧。ワイドは右に伊東純也、左に長友佑都。インサイドには、久保建英と鎌田大地。そしてワントップは前田大然。復帰濃厚と思われていた冨安健洋がベンチスタートとなり、3試合目にして初めて日本は3バックからのスタートとなった(谷口は今大会が初出場)。

 先制後のスペインは、余裕たっぷりのボール回しでポゼッションを高めていき、前半20分の時点で80%を超えていた。日本は相手のミスからボールを奪うも、シュートに持ち込む前に剥がされ回収されてしまう。守備面では、前半39分から45分の間に、板倉、谷口、吉田が相次いでイエローカード。前半の日本は、ほとんど見せ場を作ることなく、1点ビハインドのままハーフタイムを迎えた。

「前半は0-0、できれば1-0で折り返せれば良かったんですが、0-1でもプラン通りと選手には伝えました。前半にハードワークをしてくれた2人を交代して、後半は失点に気を付けながら、より攻撃に転じていくことを指示しました」

 試合後の森保監督のコメントによれば、この流れは「プラン通り」だったようだ。そして指揮官は、長友と久保に代えて、堂安律と三笘薫を投入。この采配が、すぐさま効力を発揮する。後半3分、右サイドで伊東がアレハンドロ・バルデとの競り合いに勝ち、流れたボールを左足で叩き込んだのは堂安。ドイツ戦に続く、見事な同点弾であった。

 さらにその3分後、今度は右サイドからボックスでパスを受けた堂安が、中央にグラウンダーのボールを流す。これをファーサイドで三笘がゴールラインぎりぎりで折り返し、最後は田中が身体ごと押し込んでネットを揺さぶる。いったんはVAR発動となったが、最終的には「ボールはラインを割っていない」とジャッジされ、日本はドイツ戦に続くミラクルを達成した。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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