無名選手たちが成し遂げた最短J2昇格 いわきFCの「筋肉」「施設」だけでは片付けられない強さ

大島和人

昇格1季目ながらJ3制覇、J2昇格を決めたいわきFC 【写真:西村尚己/アフロスポーツ】

J3を1年で通過

 いわきFCが7シーズンで6度の優勝・昇格という日本サッカー史上に例のない“超速出世”を成し遂げた。2016年には「福島県社会人リーグ2部」で戦っていたクラブが、2022年のJ3優勝と来季のJ2昇格を決めている。

 J3は11月20日に最終節を迎えるが、いわきFCは1試合を残して23勝6分4敗と首位に立っている。今季のJ3は18チームで構成されていて、そのうち9チームにJ2経験がある。J1経験のある松本山雅FCでさえ、現在4位と苦しんでいる。彼らはそんなタフなカテゴリーを、JFLからの昇格初年度にいきなり制した。

 いわきFCはアンダーアーマーの日本総代理店を務める「ドーム」社の子会社で、2016シーズンから現体制で活動を続けている。いわき市は福島県の「浜通り」に位置していて、浜通りは2011年3月の東日本大震災とそれに伴う原発事故で甚大な被害を被った地域。彼らはそんな地域における、復興のシンボルでもある。

「日本のフィジカルスタンダードを変える」

 彼らは「いわき市を東北一の都市にする」「日本のフィジカルスタンダードを変える」「人材育成と教育を中心に据える」という野心的なビジョンを掲げている。練習場やクラブハウスといったハードへの投資にも意欲的に取り組んできた。県リーグ、東北リーグ時代から既に「超地域リーグ級」の実力は見せていた。リーグ戦はJFL昇格を決めるまで4シーズンにわたって無敗。2017年には天皇杯2回戦でJ1のコンサドーレ札幌を下している。

 いわきFCへ加入した選手は見違えるほど筋骨隆々になり、しかも走れるようになる――。それは伝説であり定説だ。筆者は優勝を決めた直後、13日に開催されたSC相模原戦を取材したが、現場で会った知人は「ウオーミングアップの強度がJ1級だ」と驚いていた。

 「ただ筋肉を増やすだけ」ならば、それほど難しくはない。しかし彼らはボディビルダーやアメリカンフットボールのラインマンでなく、90分間スプリントや細かい動きを繰り返すサッカー選手だ。いわきFCの選手は相手に鋭く寄せる、ギリギリで止まる、方向を変えるといったサッカーの動きがしっかりできる。そうでなければJ2昇格という結果は出ない。

「出し切る」カルチャーが根付く

今季からいわきFCの指揮を執る村主博正監督 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 そんな彼らでも優勝を決めた直後の試合は、モチベーションが難しい。選手たちはそれを自覚した上で相模原戦に臨んでいた。試合後の村主博正監督はこう述べている。

「我々は90分間、34試合、止まらず倒れずできるかが一番大事だよという話をして、送り出しました。それをみんながしっかり実行して、勝利を持ってきてくれたことに感謝しています」

 先制点を決めたFW有田稜はこう口にしていた。

「やりにくさはありました。『ここで負けたら自分たちが積み上げてきたものは全てなくなるぞ』と話していて、最近の試合では一番緊張しました。『やらなきゃいけない』という思いでピッチに入ったので、勝てて本当にほっとしています」

 いわきFCは38分に有田、53分に吉田知樹が得点を挙げ、終盤に1点を返されたものの2-1で逃げ切った。このクラブにはどんなときでも全力を尽くす、自分たちを追い込むカルチャーがある。それを強く感じた13日の試合だった。

集めるのでなく“育てる”クラブ

 繰り返すが今季のいわきFCはJ3に昇格したばかり。選手の知名度、経歴を見ればJ3には“格上”のクラブがいくつもある。対戦相手の相模原は今季こそJ3の下位に沈んでいるが、昨季はJ2にいたチーム。先発メンバーには水本裕貴、鎌田次郎、藤本淳吾、船山貴之と何百試合もJ2以上の出場歴がある大物が並んでいた。

 13日の試合を例に挙げると、いわきFCの先発でJ2以上の出場歴を持っている選手は二人だけ(遠藤凌、古川大悟)で、しかも通算出場は合わせて3試合だ。スタメンの平均年齢も、24.09歳だから相模原より6歳以上若い。レンタル組や移籍選手もいるが、大卒間もない選手がチームの主軸となっている。

 いわきFCは人件費でなく、環境に投資をしているチームだ。彼らは人を集めるのでなく“育てる”ことで結果を出してきた。

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著者プロフィール

1976年に神奈川県で出生し、育ちは埼玉。現在は東京都北区に在住する。早稲田大在学中にテレビ局のリサーチャーとしてスポーツ報道の現場に足を踏み入れ、世界中のスポーツと接する機会を得た。卒業後は損害保険会社、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を開始。取材対象はバスケットボールやサッカー、野球、ラグビー、ハンドボールと幅広い。2021年1月『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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