[連載小説]I’m BLUE -蒼きクレド- 第4話「ノイマンの教え」
日本代表の最大の弱点とは何か?
新世代と旧世代が力を合わせ、衝突の中から真の「ジパングウェイ」を見いだす。
木崎伸也によるサッカー日本代表のフィクション小説。イラストは人気サッカー漫画『GIANT KILLING』のツジトモが描き下ろし。
※リンク先は外部サイトの場合があります
山田が手をあげて挨拶する。
「レオくん、玉城くん、はじめまして。ヤマって呼んで。僕も6年間イタリアにいたからフランクにいこう」
もともと山田は秋山大監督の高校の同級生で、長らく秋山のパーソナルトレーナーを務めていた。秋山としても日本代表内に気心が知れた友人が欲しかったのだろう。
少し遅れて加藤慈英が姿を現すと、山田がなめるように体を見た。
「ジェイ、久しぶり。なんかまた一回り大きくなった?」
「良質なタンパク質のおかげかな。セルタって港町にあって、海産物がめちゃうまいのよ。今度来る?」
当然ながら慈英は代表スタッフと顔見知りである。ここは俺のテリトリーだと言わんばかりに、慈英は親しげに話した。
山田が最初のメニューを告げた。
「今日は3対1のロンドから始めよう。1人足りないので僕が入るね」
ロンドとは1人が鬼役となり、他の選手が取り囲んでパスを回すメニューのことだ。「鳥かご」とも呼ばれ、小学生のチームでも行われる定番メニューである。
だが、この名前を聞いた瞬間、玉城の背中にどっと汗が噴き出た。ノイマンから「ロンドには気をつけろ」と警告されていたからである。
玉城は肩の筋肉を伸ばしながら、恩師との会話を思い出した。
【(C)ツジトモ】
「足元でつなぐサッカーを好んで、クロスをあまり使わないからですか?」
「いや、日本人もクロスはうまい。もっと入口のところで問題がある。ロンドは知っているな?」
「もちろんです。子供のときからやりこんでますから」
「確かに日本サッカーには『うまいやつほど偉い』っていう文化があるかもしれません」
「その究極が日本代表だ。ヘディングが売りのストライカーはどうしても足元が拙く、ロンドについていけない。それでチームに馴染めず、フェードアウトした選手が何人もいる」
「長所より短所を気にする。いかにも日本的で嫌ですね……」
「だからと言って、ミス回避優先で無難にプレーすると、ロンドはクリアできても試合で使いものにならない。ジン、もし君が代表に入ったら『無難の罠』に陥るな。ロンドのミスなんて本質じゃない。自分を表現しろ」
ロンドが多くの新人を潰してきた? にわかには信じられない話だが、日本社会ならありえる。玉城は深呼吸して心を落ち着かせた。
じゃんけんの結果、まずは慈英が鬼役となった。攻撃側は玉城の左側にレオ、右側に山田がいるという配置だ。
山田がルールを伝える。
「10回つながったら鬼はペナルティーで2回続けて鬼ね。タッチ数は2タッチマストで。1タッチはダメだぞー」
慈英が不満そうに舌打ちした。
「攻撃側が有利なルールだな。まあいい。トラップが少しでも大きくなったら、ガッツリいかせてもらうから」
山田からレオへのパスでロンドが始まり、レオが強烈なボールを玉城の足元に蹴り込んできた。
足にボールがつくまでは「安全第一」でやるのがサッカーのセオリーである。玉城は右足で丁寧にボールを止め、左足でレオに戻した。感触は悪くない。
玉城が驚いたのは、レオがバレエダンサーのように力が抜けていたことだ。トラップしてから独特のタメがあり、ボールを止めて蹴っているだけなのに場のテンポを操っている。
とても初招集とは思えないが、レオはイングランド生まれなのだ。ミスを咎められる文化で育っていないのだろう。失敗をまったく恐れていない。
山田が感心する。
「ミランにもこんな音楽的にロンドをする選手はいなかったぞ。こりゃあイングランド代表が日本代表にクレームを入れるわけだ。イングランドの至宝を横取りするなって」
パスが7本、8本とつながり、レオが玉城へラストパスを出した。これが成功すれば、慈英にペナルティーが加算される。
「通させるかよっ!」
慈英は一か八かのスライディングをしかけてきた。
「待ってましたっ!」
玉城は完全に読んでいた。左足で止めると見せかけて触らずにスルー。そのまま転がってきたボールを右足でトラップでする。左足をオトリにした一人時間差だ。慈英は左足を刈りにきたが、もはやそこにボールはない。
玉城は丁寧に山田にパスを通した。
「はい、10本!!」
玉城は慈英の裏をかき、爽快感に包まれた。
しかし、一瞬の高揚が隙を生んだのだろう。
慈英に両足ごと刈られ、玉城の体が宙に舞った。
「うぐっ」
左脇腹を地面に打ちつけ、玉城は思わず唸り声をあげる。
「アフターだろ! それにまだアップだぞ!?」
慈英は悪びれるどころか、さらなる挑発を仕掛けた。
「バーカ、試合中にパスがつながって喜んでるアホいるか? ピッチは戦場なんだよ。痛いのが怖かったら、さっさと大学帰れ」
「てめぇ」
玉城がかっとなって馬乗りになろうとすると、うしろから誰かにウェアを引っ張られた。振り向くと、レオが微笑んでいた。
「ジェイが正しいと思うぜ。練習の強度は試合より高くすべき。サッカーの常識だ。マンチェスター・ユニティでもしょっちゅうファイトになるけど、おかげで試合がイージーに感じられる。この考え、すごくロジカルでしょ」
「ロジカル……」
ノイマンの弟子を自認する玉城は、論理的という言葉に弱い。ノイマンが最重視するポイントだからだ。17歳の言葉に一言も反論できなかった。
慈英は呆然とする玉城を無視し、山田に次のメニューを促した。
「ヤマさん、球遊びはもういいだろ。1対1やらない? こいつとやってみてーんだわ」
慈英が指さしたのはレオだった。
レオが肩をすくめる。
「ノー・プロブレム。いいよ、ボクもウォーミングアップは十分だ」