連載小説:I’m BLUE -蒼きクレド-

[連載小説]I’m BLUE -蒼きクレド- 第1話「CL優勝の夜」

木崎伸也 協力:F
舞台は2038年。11月開催のインド・ワールドカップに向けて、日本代表は監督と選手たちの間に溝が生じていた。
日本代表の最大の弱点とは何か?
新世代と旧世代が力を合わせ、衝突の中から真の「ジパングウェイ」を見いだす。
木崎伸也によるサッカー日本代表のフィクション小説。イラストは人気サッカー漫画『GIANT KILLING』のツジトモが描き下ろし。

【(C)ツジトモ】

 観客の目線まで欺く完璧なトリックだった。
 FCバルサロナのゴビがペナルティエリア前でボールを受けると、左からアンソ・ファティが斜めにスプリントを開始した。同時に右ではペドリーが裏に飛び出す。
 だが、これは相手を騙すための罠だ。
 ゴビがヒールでボールをうしろに置くと、ものすごいスピードで小高有芯が駆け上がってくる。まるでラグビーのペナルティキックだ。
 小柄なアフロヘアが右足を振り抜くと、カーブ回転がかかった柔らかいシュートがゴールマウスに吸い込まれた。
 2038年5月、チャンピオンリーグ決勝――。
 日本人初のチャンピオンリーグ王者が生まれようとしていた。

 日本代表監督の秋山大は席に座ったままクールに装いつつも、心の中でガッツポーズを繰り返した。
「ヨシッ、ヨシッ、ヨシッ! これでユーシンを日本代表に呼べる!」
 ピッチでは有芯が、ゴールをお膳立てしたバルサ一筋のベテラン3人に頭をぐしゃぐしゃにされている。ゴビ33歳、ペドリーとファティ35歳。運動量の衰えを指摘されていたが、彼らの経験と26歳の有芯のトリックが融合し、ジャビ監督が現役時代に実践したバルサスタイルが新たな形に昇華した。
 横に座っていたASミランのテクニカルダイレクターがハグを求めてきた。かつて秋山をミランに獲得してくれた恩人である。
「アキ、日本人選手のイメージが変わる夜になりそうだな! バロンデールも夢じゃないぞ」
 秋山は沸き立つ心を押さえ、謙遜して答えた。
「もちろんゴールは嬉しいんですが、あいつはクラブに集中すると言って、ずっと日本代表を辞退してましてね。マネをする若手が増えそうで、代表監督としては複雑な気持ちですよ……」

 有芯が日本代表辞退を宣言したのは、2030年夏にバルサへ移籍して半年が経ったときのことだ。メーメット・オラル監督からアジアカップのメンバーに選ばれると、有芯は緊急会見を開いた。
「僕は欲張りな人間ですが、捨てる勇気もあります。チャンピオンリーグとW杯、両方獲ろうと思ったらどちらも獲れなくなる。僕はチャンピオンリーグを選びます。オラルさん、ごめんね! あなたのことが嫌いなわけじゃないですから! チャンピオンリーグで優勝するまで日本代表を辞退します」
 あれから8年――。有芯はついにクラブシーンの頂点に立とうとしている。
 ただし、欧州王者になったからといって、過去の“約束”を守るかはわからない。なにせ相手は上原丈一らレジェンドを手玉に取ったあの有芯なのだ。99%勝てる交渉だとしても、1%の油断もできない。
「ユーシンとの話し合いがあるんで、先に降りてます」
 秋山はテクニカルダイレクターに会釈すると、ガラス張りのVIPラウンジを通り過ぎてエレベーターに向かった。

 スタジアムの敷地内にある関係者用のラウンジに入ると、まだ試合中ということもあってほとんど人はいない。テント内につくられた即席のラウンジだが、間接照明によってラグジュアリーな雰囲気が演出されている。
 秋山はソファに身を沈めて目をつむり、この8年間に起こったことを頭の中で整理した。
 有芯が日本代表で頭角を表したのは、2030年W杯だ。
 当時18歳の有芯はひとつになれていなかった日本代表をいい意味で破壊し、再生した。結果こそベスト16だったが、「We are Blue」=「全員が青」という基準を日本代表につくった。
 その後、有芯はバルサに集中したため、2034年W杯には出場していない。だが、誰もが有芯の存在を意識していた。
「ユーシンがいないから勝てないとは言われたくない」
 それがチームの合言葉になった。モロッコで開催された2034年W杯でオラルジャパンは青に染まり、ついに史上初のベスト8進出を果たした。

 秋山は人生の面でも有芯から影響を受けた。
 もともと引退後はビジネスをやろうと思っていたが、有芯の型破りな発想に触れ、監督業に興味を持ったのである。有芯のような選手を集めたら、W杯で優勝できるはずだ。指導者として日本オリジナルのサッカー「ジパングウェイ」を追求したくなった。
 秋山は29歳で現役を引退すると、アヤッフスU19のオランダ人監督を日本代表に紹介し、自身もコーチとして入閣。平行して指導者ライセンスを取得し、2036年夏に日本代表監督になることに成功した。
 しかし、監督業は甘くなかった。W杯最終予選の初戦を落とすと、チーム内に不信感が広がってしまう。プレーオフで勝ち上がって本大会への切符を掴んだが、いまだに不満がくすぶっている。
 チームを立て直すために、なんとしても有芯が必要だった。

 スタンド式のテレビから長いホイッスルとアナウンサーの声が響き渡った。
「バルサが1対0で勝利‼︎ ユーシン・オタカの先制点を守り切り、バルサが27年ぶりにヨーロッパ王者に輝きました」
 秋山はバーカウンターへ行き、エスプレッソをダブルで注文した。小さなカップに砂糖を2袋流し入れる。
 バーテンダーはトルコのことわざを口にした。
「コーヒーは地獄のように苦く、天国のように甘く、ですね。今日の結果はあなたにとってどちらだったんですか?」
 秋山はカップを一口であおって微笑んだ。
「ボクにとっての試合は今からなんだよ」

1/2ページ

著者プロフィール

1975年、東京都生まれ。金子達仁のスポーツライター塾を経て、2002年夏にオランダへ移住。03年から6年間、ドイツを拠点に欧州サッカーを取材した。現在は東京都在住。著書に『サッカーの見方は1日で変えられる』(東洋経済新報社)、『革命前夜』(風間八宏監督との共著、カンゼン)、『直撃 本田圭佑』(文藝春秋)など。17年4月に日本と海外をつなぐ新メディア「REALQ」(www.real-q.net)をスタートさせた。18年5月、「木崎f伸也」名義でサッカーW杯小説『アイム・ブルー』を連載。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント