連載:高校野球の盟主・大阪桐蔭の強さの秘密

名将・西谷浩一の記憶に残る中村剛也世代「今も夢に出てくる試合があるんです」

沢井史
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甲子園で春夏合わせて8度の全国制覇を成し遂げた西谷監督だが、やはり浅村栄斗を擁し、監督として初優勝した2008年夏の大会は忘れがたいようだ 【写真は共同】

 大阪桐蔭を率いる西谷監督のインタビュー。後編となる第2回目は、これまで20年以上に渡ってチームを指導してきた中で、忘れがたい試合や選手について語ってもらう。史上最多8度の全国制覇を果たした甲子園で、特に印象に残っている大会は? 今も夢に出てくるほど悔しかった敗戦は? 稀代の名将が、かつての教え子たちとの日々を振り返る。

腕相撲で負けた時のような感触が手の中に

――これまで春夏合わせて8度の全国制覇を果たしていますが、最も印象深かったのはどの大会ですか?

 すごく難しいのですが……監督として初めて優勝した2008年の夏の甲子園ですかね。それまで05年夏は駒大苫小牧(準決勝)、06年夏は早稲田実(2回戦)、07年センバツは常葉大菊川(準々決勝)と、3年連続ですべて優勝校に負けていたんです。腕相撲で負けた時のように対戦相手の強さが手の中に残っていたのですが、相手はウチに勝ったことで一気に頂点まで駆け上がっていったような感じも受けました。

 甲子園で優勝するには何が必要なのかを考えながら、08年の新チームがスタートした……と言いたいところなのですが、中田(翔/現巨人)が3年生だった07年夏は大阪大会決勝で(金光大阪に)負けて、さらに秋の大阪大会も準々決勝でPL学園にコールド負けをしてしまったんです。「中田がいたから大阪桐蔭は強かった」みたいなことを言われていた時期でしたし、そんな負け方をしたことで、また甲子園に出られない時期に逆戻りしてしまうのではないかという危機感がありました。

 当時は日本一になるというのがどんなことなのか分からなくて、選手たちと一緒に考えながら冬を過ごしましたね。ただ、その手の中に残った感覚を頼りに全国制覇を目指していたんです。

甲子園では「2+4」が「2×4」になる

打てないチームが驚くほど打てるようになる。甲子園の不思議な力を、06年大会の夏も、本塁打の大会記録を作った今年のセンバツでも感じた 【写真は共同】

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著者プロフィール

沢井史

大阪市在住。『報知高校野球』をはじめ『ホームラン』『ベースボールマガジン』などに寄稿。西日本、北信越を中心に取材活動を続けている。

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