変革の波が訪れる高校野球 球児主体の「プレゼン甲子園」が果たす役割は?

中島大輔

新型コロナウイルスの影響もあり、大きく変わっていく高校野球界。コロナ禍で桜丘野球部の取り組みも変わっていった 【写真提供:桜丘高等学校】

 令和に入り、高校野球には次々と変革の波が訪れている。

 一発勝負のトーナメント戦よりリーグ戦の方が選手たちに多くの成長機会を提供できると考えられ、大阪や新潟、長野など全国各地で開催が始まった。公式戦では投手の球数制限が採用され、低反発バットの導入も検討されている。

 甲子園の第1回大会が行われたのは1915年で、100年以上が経過した。特に、二十一世紀に入ってからは、インターネットやスマートフォンの普及、AI(人工知能)やVR(仮想現実)、メタバースなど社会を取り巻く環境が目まぐるしく変わり、高校野球もアップデートされていくのは必然の流れと言える。
 

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いろいろな成果が表れたプレゼン甲子園

 そんななか、高校野球の多様なあり方を自ら発信しようという取り組みがある。昨年2月に第1回が行われ、今年は2月6日に開かれる「プレゼン甲子園」だ。今回は13校が参加し、部員たちが各チームの取り組みをZoomで発表する。

「コロナ禍で、各学校が部活に対して気持ちを向け続けるイベントになればと思って企画しました」

 そう語るのは、主催者で桜丘高校野球部の中野優監督だ。周知の通り、学校の部活動は新型コロナウイルスの影響を大いに受け、2020年には夏の甲子園大会が中止に追いやられたほどだ。

 10年ほど前から野球競技人口減少が急激に進むなか、パンデミックが拍車をかけるのではないか。そんな危惧もあって中野監督はプレゼン甲子園を開催すると、意外な成果が表れたという。

「受験生に見てもらったり、学校と直接関わりのない保護者から『そういう考え方も必要』と言ってもらったりするなど、輪が広がった気がします。練習メニューを共有するような機会は、今までの高校野球ではなかったと思うので、選手たち自身にとって自分たちの強みを見直す機会になりました」

 昨年は8校が参加し、市立松戸がラプソード(トラッキングシステム)とトレーニングを結びつけたアプローチを発表すれば、野球人口減少に課題を感じる都立新宿は「新宿ベースボールアカデミー」という地域を巻き込んだ取り組みを語った。
 
 今年は13校に増え、鳥取屈指の名門・米子東や、平日午後50分の練習時間でトレーニングに特化した独自アプローチをする武田、テクノロジーの活用で知られる立花学園と、高いレベルで文武両道を追求するチームも新たにエントリーしている。

 参加校の多様化を、桜丘の中野監督は歓迎する。

「立花学園さんは部員が100人以上いる一方、うちは11人。全然違うステージにいますが、高校野球が好きという気持ちは共通しています。桜丘の取り組みと同じような方向性で、はるか上のレベルにあるのが武田だと思っています。選手たちはより高い質の学校と交流し、どんな取り組みをしているかを学ぶきっかけになるはずです」

優劣をつけず、それぞれの価値感を尊重する

“主体性”をテーマに野球部を運営してきた桜丘。練習メニューも部員たちで決めている 【写真提供:桜丘高等学校】

 プレゼン甲子園が第2回を迎えるにあたり、主催者の中野監督と桜丘のマネージャーはそのあり方を見つめ直した。“甲子園”という名を冠すのであれば、優勝や順位を決めた方がいいのだろうか。

「それぞれの心の中にある価値は違うと思います。そこに優劣をつける必要はないのではないでしょうか」

 そうした結論の下、1回大会と同じ路線を踏襲することになった。中野監督が言う。

「高校野球と一言で言っても、いろんな取り組み方があると思います。そのうち何が正しいというわけではないなか、どうしても“勝つことが正義”となりやすい状況もあります。うちではその辺を選手たちにしっかり説明し、目的を持って取り組んでいます」

 もともと“主体性”をテーマに野球部を運営してきた桜丘では、現チームからその色を濃くした。例えば、以前は「打撃練習」という監督が決めた枠の中で選手個々が何をするのか選択してきたが、今はすべての練習メニューを部員たちが決めている。
 こうしたアプローチは勝利だけを求めるなら遠回りになるかもしれないが、桜丘では“100%主体性”で勝つことが目標だ。その先には、“生涯スポーツ”としての野球がある。中野監督が説明する。

「野球人口が減っていますし、大人になっても野球を続ける子を増やしていかなければと思っています。そのためには、自分自身をマネジメントする力をしっかり持っておいてほしい。『それで勝てたら苦労しない』と言われるかもしれませんが、うちのやり方が本当の部活と言うか、自分を探求していくということだと思います」

 これまで「野球をしたい」という理由で桜丘の門をたたく生徒はいなかったが、今年は実力派シニアの中学生が「主体性を持ったスタンスで野球をやりたい」と入試を受ける予定だ。桜丘がホームページなどで自ら発信することで、その価値に共鳴する選手も表れてきた。

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著者プロフィール

1979年埼玉県生まれ。上智大学在学中からスポーツライター、編集者として活動。05年夏、セルティックの中村俊輔を追い掛けてスコットランドに渡り、4年間密着取材。帰国後は主に野球を取材。新著に『プロ野球 FA宣言の闇』。2013年から中南米野球の取材を行い、2017年に上梓した『中南米野球はなぜ強いのか』(ともに亜紀書房)がミズノスポーツライター賞の優秀賞。その他の著書に『野球消滅』(新潮新書)と『人を育てる名監督の教え』(双葉社)がある。

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