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ドラゴンがカフェでいれる“塩コーヒー”
山口県で第2の人生を歩む久保竜彦のいま

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この6月に45歳を迎える久保竜彦。かつて取材が大の苦手で、インタビュアー泣かせだった姿はもうない
この6月に45歳を迎える久保竜彦。かつて取材が大の苦手で、インタビュアー泣かせだった姿はもうない【栗原正夫】

 これまで縁もゆかりもなかった山口県光市の港町、室積に移り住んで約3年。元日本代表FW久保竜彦の朝は早い。


「だいたい5時か5時半にはトンビが鳴きだして起きますね。それで、起きたらすぐに外に出て『何かおらんかな?』って海沿いを散歩。その辺を歩いていたらアオリイカとかいて、網でもすくえますから。今だと鰺(あじ)なんかも釣れますよ」


 14年広島県リーグの廿日市FCでのプレーを最後に引退し、この6月に45歳を迎える久保。かつて取材が大の苦手で、インタビュアー泣かせだった姿はもうない。待ち合わせ場所に指定された自宅近くの神社で合流すると、なじみのカフェがあるというので案内してくれた。


 港に面した通り沿いに突如現れた、ボルダリングジムとカフェが同居する「室積BASE(ベース)」。店の前には、「牛島の塩Coffee Dragon Café」とある。久保は室積に移住してから港から連絡船で20分の対岸にある牛島(うしま)に通い塩作りをしていたそうだが、現在はそこで取れた塩を使い、カフェの店番をしながら“塩コーヒー”をいれている。

ドラゴンがいれる塩コーヒー!?

久保竜彦「牛島には1年くらい行けてなくて、塩作りも今は止まっていて再開の目途は立っていません」
久保竜彦「牛島には1年くらい行けてなくて、塩作りも今は止まっていて再開の目途は立っていません」【久保竜彦オフィシャルHPより】

 久保が牛島で塩作りをしていることは、これまでの報道で知っていた。だが、そこは車も走っていない、自動販売機もない、人口約40人の小さな島である。島には年配の方が多く住まれており、新型コロナウイルスの感染が全国に広がっている状況下、リスクを抑える意味でもこの1年ほどは渡船を控えているそうだ。


「牛島には1年くらい行けてなく、塩作りも今は止まっていて再開の目途は立っていません。今はサッカースクールとかで地方に行くときは別ですが、室積にいるときはここを手伝って、コーヒーをいれたり、塩を売ったりしています」


 塩とコーヒー? 意外な組み合わせに思えるが、これが相性は悪くないようだ。


「食べてみます?」

取材中にお客さんが来ると、久保はさっとカウンターの中へ入り、時間をかけて丁寧にコーヒーいれていた
取材中にお客さんが来ると、久保はさっとカウンターの中へ入り、時間をかけて丁寧にコーヒーいれていた【栗原正夫】

 久保が塩で焙煎したというコーヒー豆を出してくれた。塩はザラザラというよりもサラサラで、甘味とうま味があり塩味もまろやか。コーヒー豆は塩で焙煎したことで、風味がさらに際立っているようだ。


「塩は炊くときの火加減とか湿気で、毎日味が違います。ここの塩が美味しいのは夏かな。豆は昨日焙煎したやつですが、普通に食べられる。前はコーヒーが好きでもなんでもなかったんですけど、ここにきて焙煎したての豆でいれてもらったのを飲んだら美味しくて。それで、塩で焙煎したらどんなもんかなと思ったら『めちゃうめぇ!』ってなって。ここでは去年の11月くらいから“塩コーヒー”をやっています」


 静かな港町の雨の平日だったこともあり、周囲の人影はまばらだった。それでも、取材中にお客さんが来ると、久保はさっとカウンターの中へ入り、時間をかけて丁寧にコーヒーをいれると、会計まで一通りの作業をこなしていた。

久保はなぜ、山口県光市室積に来たのか

山口県光市の港町、室積の風景。久保竜彦「九州の宮崎や大分、石川の金沢や能登とかも考えたんですどね。ここにしたのは、たまたま…」
山口県光市の港町、室積の風景。久保竜彦「九州の宮崎や大分、石川の金沢や能登とかも考えたんですどね。ここにしたのは、たまたま…」【栗原正夫】

 そもそも、久保はなぜ広島から室積に来ることになったのか。

栗原正夫

1974年生まれ。大学卒業後、映像、ITメディアでスポーツにかかわり、フリーランスに。サッカーほか、国内外問わずスポーツ関連のインタビューやレポート記事を週刊誌、スポーツ誌、WEBなどに寄稿。サッカーW杯は98年から、欧州選手権は2000年から、夏季五輪は04年から、すべて現地観戦、取材。これまでに約60カ国を取材で訪問している

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