「最後方からノンコ」来ないか? 「競馬巴投げ!第163回」1万円馬券勝負

乗峯栄一

『競馬妄想辞典』(仮題)という単行本を出すことに

[写真1]ニシケンモノノフ 【写真:乗峯栄一】

 『競馬妄想辞典』(仮題)という単行本を出してくれるという奇特な出版社が現れて、過去に書いたものを(当コラムを含めて)集めたり、削除したりして、300頁ほどになり、「もうこれで久しぶりに本が出るのか」と安心していたのだが、担当編集者が「ぼくらのような競馬初心者にも分かるように、欄外に解説を付けて欲しい」と言い出してきた。「もう、ほんと、しょうがないなあ。分かりきったことを書くの?」などと言いつつ「じゃ、ちょちょっと解説を書いてやるよ」と言ってみたのだが、競馬始めて40年、競馬ライターを名告りだしてももう25年になるが、“ちょちょっと”とは書けないものが多いことが判明した。

厩務員はJRA職員じゃないの?

[写真2]ケイティブレイブ 【写真:乗峯栄一】

「厩舎で働く人、厩務員ていうの? あの人たちはJRA職員じゃないの?」という質問にまず窮した。あちこち調べなければ答えられなかった。

[JRA職員]競馬場にいて、順位を確定したり、不正走行がなかったかなどを判定する裁決委員をはじめ、開催委員長や競馬場長、競走馬を発走ゲートに入れる人、警備や観客案内をする人、あるいはトレセンで馬の診療をしたり、警備をしたり、事務をしたりする人など、競走や競走馬育成の手助けをする人たちは日本中央競馬会(JRA)職員(またはJRAのアルバイター)で、雇用者たるJRAから給料が出る。

[馬主]競走馬を購入し、毎月一頭につき60万ほどの預託料を厩舎(調教師)に支払う人を馬主と言う。おカネは払うが、競走で上位入着し、賞金が出れば、その賞金の80%を馬主が貰う。つまり競走馬への投資家である。馬主はすべて日本馬主協会への登録が必要だが、登録が可能かどうかには、資産や年収などの審査があって、平たく言うと、カネ持ちでないと審査を通らない。その審査を行うのはJRAである。

[調教師]馬主の買った馬を預かり、調教をし、工夫した飼い葉(馬の食料)を与えたり、馬体のケアをする。各厩舎の責任者である。十数人の厩舎スタッフ(主に調教助手と厩務員)を雇い、給料を与えるが、その主たる財源は馬主からの月々の預託料である。調教師はどこからも給料はもらわない。ただ預かった馬をレースに出走させ、レース賞金の10%をもらうので、それが収入となる。個人営業主である。
 調教師はすべて日本調教師会に属するが、日本調教師会に属するためには調教師免許が必要で、調教師免許を得るためには調教師試験に合格しなければならない。その試験を作成し、合否を決めるのはJRAである。

[写真3]インカンテーション 【写真:乗峯栄一】

[調教助手・厩務員]馬に乗って日々調教を行うのが調教助手、馬体のケア、飼い葉の配給、糞尿の処理など、競走馬の身の回りの世話を行うのが厩務員である。調教助手・厩務員を合わせて厩舎従業員と呼ぶ。厩舎従業員はJRAに直接雇われているわけではなく、各調教師に雇われている。したがって厩務員組合(調教助手も含まれる)の団交は調教師会との間で行われる。調教師から厩舎従業員に渡される給与は、この団交をベースに支給される。
 担当馬がレースで上位に入ったとき、賞金の5%を厩舎従業員が(給与以外の進上金として)受け取る。ただ、今は“その個人だけの担当馬”というより“その個人を中心に厩舎全体でその馬を育てている”という見方が有力で、たとえば「5%のうち3%を担当従業員が受け取り、残りの2%は厩舎従業員全員で分ける」というシステムを採用している厩舎が多い。
 だから調教助手・厩務員はJRA被雇用者ではなく、各調教師の被雇用者である。しかし40年ぐらい前(正確ではない)から、調教助手・厩務員も調教師の胸先三寸で雇用を決めることは出来ず、JRA競馬学校厩務員課程(半年間)を卒業した者でないと承認を受けられず、JRA承認のない者は厩舎に入れないことになっている。

[騎手]騎手も、調教師と同じく個人営業主であり、JRA被雇用者ではない。ただ中央競馬騎手となるためには「中央競馬騎手免許」が必要であり、この免許を得るためには騎手試験に合格しなければならないが、ほとんどの場合JRA競馬学校騎手課程(三年間)を卒業しているか、または地方競馬や外国競馬で抜群の成績を修めているか、ほぼどちらかに限られる。
 騎手の収入はレース賞金の5%である。そのほかレースに乗れば「騎乗手当」というのが支給されるので、これも収入となる。また調教日に馬に乗って調教を手伝えば「調教手当」というのが支給されるが、これは一頭乗って、千円とか二千円とか、微々たるものである。また競馬学校卒業したての若い騎手は、どこかの厩舎に所属して、そこの調教師の教えのもとに騎乗技術を上達させるという不文律があり、20代前半あたりまでの若い騎手は必ずどこかの厩舎に所属し、そこの調教師を師匠として、厩舎作業も手伝うことがほとんどである。
 騎手は個人事業主であり、レースでの騎乗依頼があって、はじめて収入となる。「騎乗依頼」は騎手の生命線である。騎乗依頼は本来は馬主がするものであるが、実質上は馬主の信頼を受けた調教師が行うことも多い。数年前から、騎手にエージェントが付き「優秀なエージェントは、有力馬の騎乗依頼を取り付けてくる」という話も出ている。
 馬主・調教師・騎手を巡る「騎乗依頼うんぬん」の噂話は、トレセンでは日常茶飯事のように出てくる。

 などと一応書いてみた。書いてみたが、調教師や騎手は、一応[個人事業者]ということは分かるが、じゃあ、なぜJRAの免許がいるんだろう? 国家試験でもないのに。JRAと調教師、騎手の関係はどう考えればいいんだろうと、書いたこっちの方が逆に考えてしまった。

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著者プロフィール

 1955年岡山県生まれ。文筆業。92年「奈良林さんのアドバイス」で「小説新潮」新人賞佳作受賞。98年「なにわ忠臣蔵伝説」で朝日新人文学賞受賞。92年より大阪スポニチで競馬コラム連載中で、そのせいで折あらば栗東トレセンに出向いている。著書に「なにわ忠臣蔵伝説」(朝日出版社)「いつかバラの花咲く馬券を」(アールズ出版)等。ブログ「乗峯栄一のトレセン・リポート」

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