誰もが“勝者”になった歴史的激闘 ロマチェンコがリナレス退け3階級制覇

杉浦大介

負けても商品価値を上げたリナレス

ロマチェンコ(右)がリナレスとの激闘を制し、3階級制覇を達成した 【Photo by Al Bello/Getty Images】

“敗者なき戦い”――。そんな風に劇的に形容してしまうのは、やはり少々オーバーなのだろう。

 現地時間5月12日(以下同)、米国・ニューヨークのマディソン・スクウェア・ガーデン(MSG)で行われたWBA世界ライト級タイトルマッチで、王者ホルヘ・リナレス(帝拳/ベネズエラ)は挑戦者ワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)に10回2分8秒KO負け。リナレスは4度目の防衛に失敗し、ボクシング界で依然として重要な意味を持つ“チャンピオン”と呼称されなくなった事実がある。

 ただ……米国のリングでは、結果と同等かそれ以上に内容が問われるもの。プロキャリアわずか11戦にして“全階級最高級のボクサー”と称されるようになったロマチェンコが、こちらも3階級制覇王者のリナレスに挑む一戦への注目度は高かった。そして、実際にMSGで展開されたのはスキルフルでビューティフルな激闘だった。

 そんな戦いを見せられた後だけに、「(リナレスは)負けてもむしろ商品価値を上げたのではないか」という帝拳ジムの本田明彦会長の言葉は大げさには思えなかった。極限のスピード、技術を持つ2人がこの日に展開した高速バトルには、それだけの価値があったのである。

“ハイテク”を狂わせた右ショート

“ハイテク”ロマチェンコを初めてダウンさせたリナレス(右)。右ショートカウンターで顎を撃ち抜いた 【Photo by Al Bello/Getty Images】

 第6ラウンドのその瞬間まで、この試合もロマチェンコのワンサイドゲームになっていくと思われた。アングルを変えたパンチと超人的なハンドスピードで対戦相手を袋小路に追い込んでいくのが“ハイテク”(ロマチェンコの愛称)の真骨頂。2回以降、リナレスもロマチェンコのステップワークについていけなくなっているように見えたのだ。

 しかし、6回も残り約30秒。不用意に中間距離に立ったロマチェンコの顎をリナレスの右ショートカウンターが撃ち抜き、ウクライナ人は思わず尻もちをつく。拳豪のプロ入り以降では初めてとなるダウンシーンに、伝統のアリーナに集まった10429人のファンは騒然となった。

「少しリラックスしてしまった。(リナレスは)スピードを生かし、多くのカウンターを狙ってきたが、僕は自分のやりたいことができていると思っていた。その考えは間違っていて、彼のパンチをもらってしまった」

 自身が“超人”から“人間”に戻った瞬間を、ロマチェンコは試合後にそう振り返っている。しばらくは苦戦らしい苦戦を経験せず、油断もあったのだろう。この失敗で負った心身両面のダメージからか、7回以降のロマチェンコには普段の余裕は感じられなかった。リナレスの右を被弾するケースも増え、9回終了時点でジャッジの採点は三者三様(86−84、84−86、85−85)のドローだった。

 ただ、それでもここから再びペースを上げたことで、ロマチェンコは技量だけでなくハートの強さも証明したと言える。

 ダメージを徐々に回復させると、10回にはスピーディーなコンビネーションで打ち合いに挑む。ハイスピードのミックスアップの中で、細かいフック、アッパーを顔面に放ち、相手の注意を引きつけた直後に放たれたボディショットが決め手になった。

 この完璧な左パンチを脇腹に浴び、リングに崩れ落ちたリナレス。ベネズエラの雄の体はもう言うことを聞かず、鳥肌が立つほどにハイレベルだった一戦はここでついに終わった。

「リナレスは偉大なファイターで、ファンのみんなにとっても良い試合だった。すごいファイトになった」

 試合後、ロマチェンコのリナレスへの賞賛は正直な思いの吐露だったに違いない。無人の荒野を突っ走ってきたサウスポーが久々に味わった大苦戦。6回以降は不可侵のオーラは薄れ、それゆえに試合は見ごたえのあるものになった。

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著者プロフィール

東京都生まれ。日本で大学卒業と同時に渡米し、ニューヨークでフリーライターに。現在はボクシング、MLB、NBA、NFLなどを題材に執筆活動中。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボール・マガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞・電子版』など、雑誌やホームページに寄稿している。2014年10月20日に「日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価」(KKベストセラーズ)を上梓。Twitterは(http://twitter.com/daisukesugiura)

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